君の声を
03
 史緒里と別れ、駅のホームで電車を待っていると後ろからポンと肩を叩かれた。

「よっ、久保」

「あ、おはようございます。先輩」

 声を掛けてきたのは僕が入社してからずっと世話になっている先輩だった。仕事の面はもちろん、仕事終わりに食事に連れて行ってくれたりと、なにかと気にかけてくれていて色々な相談事もしてきた。

「どした? 元気ないな」

「いえ、大丈夫ですよ」

 僕は愛想笑いと曖昧な言葉でその場を濁した。

「そうか、ならいい」

 一瞬、不思議そうな表情を見せたが、それ以上は聞いてくる事はなかった。





  
「それはそうと」

 満員電車に押し込まれ隣に立った先輩が思い出した様に声を上げた。

「今夜どうする?」

「あぁ・・・」

 今夜は取引先とのちょっとした食事会があった。

「ま、久保は来なくても問題ないな。むしろ来んな」

 先輩はそう言うとニヤリと笑った。本来なら参加すべき物だったが先輩は僕の家庭状況を多分、会社の誰よりも解ってくれている。



 ありがとうございます。

 先輩の優しさには何度も救われている。そんな、優しい先輩は僕の悩みを聞いたら、どう思うのだろうか。

 僕の悩み。誰にも話せない悩み。先輩にも、史緒里にも・・・


「つうか、聞いてくれよ今朝よ・・・・・・」

「そうなんですか」

 それから、駅に着くまで僕らは他愛もない話をしていた。


 今は僕の悩みは忘れよう。






「ただいま」

 玄関を開けると史緒里の靴があった。朝は一緒だが、帰りは僕の方が遅くなるが多いので、友達と一緒に帰る。それでも、たまに駅で待っていて一緒に帰ろうとしている姿を見ると、なんとも言えない感情が沸き起こってくる。

 しばらくすると、奥から足音が聞こえ、史緒里が小走りに出て来た。その顔には満面の笑みを浮かべていた。その笑顔が僕は好きだ。


――そう、僕は史緒里の事を愛してる。



 この気持ちは心の中にしまっておこう。誰にも言えない。言ってはいけない僕の秘密だ。

 もし僕の思いを知ったら史緒里はどうするだろうか。



鶉親方 ( 2017/10/12(木) 01:04 )