05
ゆりあ「あっ、そうだ。真斗って今日はスタッフの人事異動の発表があるんじゃなかったけ?」
いつも通りの朝の移動の時間。この瞬間だけはゆりあと二人きりで居られる唯一の時間だ。
普通ならこの車内が真斗の一番の癒しの空間だった。
しかし、真斗の心の中は相変わらず沈んでいた。
真斗「ああ。スタッフはみんなそうだぞ。それがどうしたんだよ?」
ゆりあ「いや、それがどうしたじゃないでしょ?真斗には出世のチャンスじゃん」
ゆりあは運転席のシートの上に顔を乗せ、真斗の方を覗き込んでいた。
その顔の距離も相当近いため、真斗もゆりあの気配がすぐそこにあるのはよく分かった。
だが、真斗からすれば、すぐ近くにある顔は自らが今朝に汚してしまった物と重なって見えた。
自分の周りに散らばっていた白濁色の液体まみれの雑誌。
たとえ、それが印刷された紙だとしても、どこか本物のゆりあと重なって見える自分がいる。
真斗は胸がえぐられる思いだった。
ゆりあ「もう、シャキッとしないと!そんなんじゃ、せっかくのライブも楽しくなくなるよ」
やはり心の中は顔に出てしまうものなのだろうか。
あれほど鈍臭く、どこか抜けていることの多いゆりあでも分かるのだからよっぽど酷い顔をしていたのだろう。
真斗「まぁ、それもそうだな。大丈夫だよ、ちょっと寝不足なだけだしさ」
真斗には言い訳をする他に手は無かった。
本当の事など到底、口に出来るはずもないし、思い出したくもなかった。
ゆりあ「もう、何でこんな大事な時に寝不足なのよ。ちょっとは焦りな」
真斗「えっ、なんで焦らなきゃいけないんだよ?たかが、ライブじゃないか」
ゆりあ「なんで、じゃないよ。あんたと同期の竜司君は今回の人事異動で確実に出世するって言われてるのよ。それでも悔しくないの?」
真斗と同期で芸能界のマネージャーとしてこの世界に入った竜司。
だが、彼の仕事に対する才能はすごいものだった。
竜司のマネージメントの力はAKBグループの中でも1位、2位を争うほどだった。
その証拠に、今回の人事異動でも出世の一番頭と言われ、確実に出世することは間違いないだろう。
真斗「ああ、竜司のことか。あいつと俺は競い合う仲じゃないよ。あくまで同期の親友だ」
確かに真斗の中でも自分は竜司より劣っていることは分かっていた。
でも、それを悔しく思うこともなければ、競う気にもならなかった。
ゆりあ「もう、なんで悔しくないのさ。男なら、ちょっとぐらいの出世欲は必要でしょ」
ゆりあはシートの顔を退け、ため息とともに後部座席に戻った。