09
トイレを出た瞬間、いきなり修二郎の携帯が音を立て震える。真斗が腕時計を見ると時計は12時50分過ぎを指していた。
修二郎がポケットから携帯を出すと、そのディスプレイには番組プロデューサーの名前が表示されていた。
修二郎は真斗に先に現場に行くように手で合図をする。
真斗は修二郎に了解の合図を返して一人現場へ向かう。
真斗「生本番から20分前だから、もうすぐ到着の知らせだろうな。にしてもゆりあのやつ、生だったらちゃんとできるかな…。あいつ台本読んで無いし」
真斗は歩きながら、ふと一週間前の出来事を思い出す。
あれは確かテレビではなくラジオの生放送のときだった。
普通ならラジオ収録では手元に台本が置かれている。その日もいつも通りに台本が置かれていた。
しかし、その時は公演後、すぐに収録現場に向かったので、台本に目を通さずに一発で本番に臨んことになってしまった。
ゆりあぐらいの多忙な芸能人なら普通にこんなことはざらにある話だろう。
ゆりあもこれぐらいならば、普通にこなせると真斗は問題ないと踏む。
真斗「あれは俺が間違ってたな…。ゆりあが漢字が読めないことすっかり忘れてたし」
そう、ゆりあは収録で手元にある台本の漢字が全く読めかったのだ。
いつもなら真斗が漢字にひらがなを打つようにしているが、その時はその作業をすっかり忘れしまっていた。
真斗「しまった…。今日のカンペ出し修二先輩に任せてたけどヤバいかもな」
普段はマネージャーの中でも上の立場にいる真斗がカンペを書く。
だが、今日は真斗よりも立場が上の修二郎がカンペを書くことになっていた。
カンペは前々からカンペ出しの担当者に台本が渡されて、そこで担当者がカンペを書いてから現場に向かう。
その為、修二郎はカンペを完成させてここに来たはずだ。
今からふりがなを書くには時間がかかり過ぎる。
真斗「はぁ、もうこうなった以上は書けるやつだけ書いて、あとはゆりあ任せるしかないだろ」
真斗はそういい聞かして自分の車に戻ろうとした。
ゆりあ「でも、ちゅりさん。あの写真集けっこう露出度高くないですか?むっちゃエロいですよ」
するとゆりあが車の中で誰かと話しているのがきこえて来た。
空いている車の窓からはゆりあではないシルエットが見える。
真斗「ちょっと待てよ。ちゅりさんてもしかしてあの人じゃ…」
真斗は意を決して車のドアを開ける。
?「おっ、真斗じゃんか!この愛しの明音ちゃんに会いたくなったのかな?」
真斗「うわっ、予想的中かよ…。ってか抱きつかないでくださいよ痛いんですから」
今、真斗に抱き着いて来た人物は高柳明音(たかやなぎあかね)。
メンバーの間ではゆりあも呼んでいたようにちゅりという愛称で親しまれている。その一方で真斗にとっては相当鬱陶しい人物である。
ゆりあ「はぁ、ちゅりさん。真斗は私のマネージャーなんだから、あんまり、狙わないでくださいよ」
明音「もう、別にアイドルでも恋したっていいじゃん。実際に真斗は可愛くてそこそこタイプの顔してるし」
そう、真斗にとっては明音が鬱陶しい人物だという理由は明音が真斗の事を好きだという事にあった。
それも、ただ好きなだけならいいが、その愛情が特殊すぎる為に真斗からすると目の上のたんこぶのような存在だった。
明音「ひゃーあ、本当に久しぶりだな。男なのに肌綺麗だし、すりすりしてて気持ちいいや」
真斗「もう、誰かに見られたらヤバいですって」
明音「別にいいでしょ!可愛い私と一緒に居られるんだし」
真斗「はぁ、頼むから助けてくれよ」
真斗はカンペの件と明音のことも重なり、気が遠くなるのを感じた。