02
「伊織、お前また志田のこと見てただろ?」
最後の授業が終わり、担任の話と挨拶が済んでみんなが教室から出始める中、親友である本田寛人が茶化すように話しかけてきた。
ちなみに伊織というのは僕の本名、都筑伊織のことだ。この名前のせいで何度女子と間違えられたことか。
「いつものことだろ?」
何度言われたかわからないその言葉に、僕はもう反論する気なんてなかった。さも当然のように返事をすると、寛人からは必ず同じ言葉が返ってくる。
「お前ってホント物好きだよな。あんな変わり者じゃなくてさ、菅井みたいな……」
「ん、私のこと呼んだ?」
不意に後ろからした声に僕も寛人も驚き、勢いよく振り向いた。
そこに立っていたのは長い髪がよく似合う、まさに清楚と呼ぶに相応しい人物だった。
彼女の名前は菅井優香。寛人がさっき言った菅井というのは、まさにこの菅井優香のことだ。
「ねぇねぇ、私の名前出して何の話をしてたの?」
「え、いや、それは……あ、やべっ!部活行かねぇと!じゃ、そういうことで!」
最悪の状況に陥った寛人は、追いかけられてる泥棒みたいな速さで、風のように教室から出ていった。物凄く不自然で、めんどくさい状況を僕に残して。
まぁ、寛人の気持ちもよくわかるんだけどね。そりゃあ好きな人に聞かれたくないことを聞かれそうになって、さらに面と向かって迫られたら僕もああするだろうから。……そんな機会は現れそうにないけど。
「え、ちょっと……ねぇ伊織、何の話してたの?」
今度は僕に何も知らない純粋な瞳が向けられた。その澄んだ瞳からは、寛人が自分のことを好きなんて少しも思っていないのがわかる。
……超が付くほどの鈍感なのだろうか。
正直、寛人が彼女に惚れたのはわかる気がする。クラス長を率先してやるほど真面目で、人当たりも良く、勉強だって出来るしルックスも完璧。おまけに家がお金持ちときたら、非の打ち所なんてあるわけがない。普通の人が見れば、志田さんよりも彼女の方が魅力的だろう。現に、寛人が「菅井の競争率はヤバイ」って言っていた。
そんな菅井に唯一、名前で呼び捨てされている僕は、他の男子から見たら羨ましいのだろう。親友の寛人にすらも羨ましがられたわけだし。
まぁ、同じ部活に入ってるから名前呼びなんだけど。だからそんな男子たちに言えるのは、美術部に入る勇気があるなら名前で呼ばれるよ、ってことだ。
「いや、ただうちのクラスで誰が真面目だと思う、ってことを話してただけだよ。本人に直で言うのは小っ恥ずかしかっただけじゃない?」
とりあえず、菅井との会話は適当にはぐらかす。もし菅井に寛人の好意がバレたら殺されるからね。
でも寛人は、人に何気なく情報を聞き出して欲しいとか頼んでくる。
まったく、人の恋愛経験値を考えてほしいものだ。そんな会話テクニックは持ち合わせてないっての。
「私ってそんなに真面目?……ま、いっか。部活行くよね?」
「もちろん。」
やっぱり彼女は鈍感だ……、そう思いながらもとりあえず返事をした。
君のような人物を真面目と言わなきゃ、一体誰が真面目なんだと言ってやりたいぐらいだ。
心の中でそんなことを考えながら、菅井と共に教室を後にする。いつの間にか、教室に僕ら以外の人はいなかった。