Prologue-Tokyo-
01
『慣れない……』


この街に抱いた第一印象だった
狭いし、人が多いし、みんなロボットみたいにせかせか歩くし、意外に坂は多いし、風は生ぬるい……
そのくせ無駄にお金はかかるし、いったい何なんだろう?この街は
テレビで見ると「夢」にあふれ「暮らしやすそう」な感じがして「とにかく明るい」イメージがあった
なんでもできて、なんでもあって、いろんなものがミックスジュースみたいに混ざり合うおいしくて魅惑的な場所…













のはずだった
少なくとも、テレビ画面を通してこの街を見ている限りは
悪い意味で期待を裏切られた形になった


『ここに来たことは正解だったんだろうか…?』


声に出さず、内なる自分に問いかける
でもその良し悪しに答えは出なかったーーいや“出せなかった”
では、地元に残っていたほうが良かったのか…?


『……』


それに対しても内なる自分は答えを出せずにいた
そしてはや、この街に来てから数週間が経とうとしていた
この街に来てから一週間くらいは目新しかった、何もかもが
初めてカチッとしたスーツに袖を通し、初めての門をくぐるーー桜並木のその先の
周りを見れば輝く笑顔に期待を感じる顔ばかりが並び、まるで新世界への門出のようだった



大学生ーーおそらく人生で最も自由を保障された期間
大学生ーー夢への階段を駆け上がる手段のひとつ
大学生ーーそして、いろんなことに悩む人生のひとつの季節


そんなところに足を踏み入れたこの青年もまた『大学生』
“新米”大学生といってもいいフレッシュな戦士のひとりではあるが……

家から地下鉄に乗り、最寄りで降りる
そして駅前の神社を横目に坂を上り並木道を突っ切る
通う大学はそんな場所にあった
都会すぎる喧噪の中にあるわけでもなく、郊外のような閑散とした感じでもない
一般的な街中、そんな場所にあった

『さかだい』と呼ばれるここは正式名称の坂ノ上大学
立地をそのまま大学にしたような名前だ


「今日はなにかあるかな…」


彼ーー早瀬翔はひとことそうつぶやくと校門をくぐった
いつも通りの景色、いつも通りの時間、そしていつも通りの歩み
そう、彼自身がそのルーティンの中に組み込まれていた


でも、ひとついつもと違うことがあった
それは前を歩く人が落とし物をしたことだった
小走りで歩くその人は、落とし物をしたことに気づかなかった


「あっ、ちょっと!!」


いつも通り、を崩され少しだけ声が裏返る
どうやらきこえなかったらしい
あわてて歩幅を大きくしながら追いかける


「あの方向、3号館のほうだな…」


なんだか今日はいつもと違う一日になりそうな予感がした
ひゅうっと風が吹く

『春風だ』

少し冷たさの残る風に一瞬心を奪われながらも彼は走り出した
それは大切な日々への助走にすぎない

master ( 2016/01/11(月) 21:56 )