乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト












小説トップ
G Jealousyを眠らせて
五十三曲目 〜若い和解〜
 実家を出てから数ヶ月が経つと言うのに、たった数日だけその実家に帰って来てからと言うもの、それが当たり前に戻ってしまっている。自分なりに楽しんでいたはずの寮生活も何処か無理をしていた所がある、晃汰は心の底から寛げる実家の空気を目一杯に吸い込みながら自身の身を案じる。

「ご出発のお時間でございます」

 少し見ない間でも、筆頭執事の吉田は変わり映えしていなかった。そんな執事に見送られて晃汰はガレージに停めてある愛車へと向かい、仕事へのマインドを作る。

 殆どのテレビ局やスタジオ、さらには編集社へナビを入れずに行くことが出来るようになっていた。トータルで見れば同じような場所に点在しているから、ふと迷ってもホームページに記載のある地図を見ればすぐにわかる。晃汰は今日もナビをセットせず、最初の仕事場である乃木坂事務所へと向かった。

「おはようございます」

 建物内の自販機で買った缶のカフェオレを片手に、晃汰は挨拶をしながら自席につく。そこから数時間、パソコンとマルチ画面とを睨めっこして資料作成やメールの返信に没頭する。怪我をしてからというもの、デスクプレーヤーとして晃汰は乃木坂に携わっている。普段やっていた仕事の深いところまでを経験できると、晃汰は進んで雑用にも似た仕事を先輩から強奪してくる。

 やがて昼休憩を知らせるベルが鳴り、晃汰はブルーライト加工の伊達メガネを外して控えめに伸びた。意識はしているものの長時間液晶を見続けるのは、眼も身体もガチガチに固まってしまう。二十代前半なくせして、晃汰は目元と肩のセルフマッサージをし始めた。

「飯行こうぜ」

 ポンと晃汰の肩を叩くのは竜恩寺である。

「行こうか」

 椅子に座りながら彼を見上げると、晃汰は鞄から財布を取り出して竜恩寺の後を追った。



「まだ根に持ってんのか」

 パスタを巻き上げる竜恩寺は、サラダをつつく晃汰の顔を伺った。二人は会社近くの小洒落た洋食屋に仲良く入った。同僚達も足繁く通うその店のマスターとは、連絡先を交換し合うほど仲良くなっている。

「うん、まだ」

 目線をお皿から映すことなく、晃汰は短く答える。

「長いな」

 竜恩寺は苦笑いをしてから、巻いたパスタを口に運んだ。お気に入りのミートスパゲッティの味がまた良くなったような、竜恩寺はそんな気がした。

「誰が悪い訳でもねぇんだけどな」

 対する晃汰は熱いグラタンを冷ましながら、視線を竜恩寺に送った。この期に及ぶと子供地味た事をしているなと自覚が出てきたが、上げた拳を下ろせずにいる。

「そろそろ、連中も感づく頃だよ」

 竜恩寺は再びスパゲッティを頬張る。晃汰もそう願っていたが、果たしてアノ連中達にそこまで頭が回る奴がいるのかと、同僚ながら疑問に感じたところで考えるのを止めた。

 親友とのランチを終えた晃汰は、午後の始業時間まで椅子にもたれて束の間の昼寝を楽しんだ後、再びパソコンと睨めっこを始めた。一時間毎にコーヒー休憩を取り、それを何度か繰り返して今日の仕事は終わった。夕方から雑誌の取材を受けるメンバー達の世話係に任命されていた竜恩寺の姿はなく、晃汰は定時とともに席を立って地下駐車場に向かった。愛車はいつものように光り輝いており、うん十万円するコーティングの効果を晃汰はニヤニヤしながら体感する。周りを一回りしてからコックピットに乗り込むと、クラッチとブレーキを踏んでエンジンを始動する。豪快なスタートサウンドを堪能しながらアイドリングが安定するのを待っていると、コンソールボックスに置いたスマホからLINEの通知音が鳴った。チキンウイングの要領で左手を使ってスマホを手に取った晃汰の眼には、あまりこのタイミングで見たくなかった連中の名前が表示されていた。



「だから、実家帰ってたって言ってるじゃん」

「それは本当だと思いますけど、その要因は何なんですか?」

 メッセージを寄越した張本人である山下と、それに加勢する梅澤を前に、晃汰は彼女達からの追及を交わす。

「何か悪いことしましたか?私たち」

「そんなんじゃねぇよ…」

 久しぶりの自分の部屋だというのに、二人のおかげで晃汰はちっとも居心地が良くない。早く納得して帰って欲しい、その一心で晃汰は、鬼の形相の山下と梅澤の顔色を伺った。

「仕事の時も私たちを避けてましたよね?こっちに非があるなら言ってください」

 あまり負の感情的になることが少ない梅澤も、今夜だけは不満を口にする。それだけ晃汰を信じているし、悩みがあるなら相談にのってやりたかった。

「これは、俺のプライドの問題なんだ」

 晃汰はさっと立ち上がると、キッチンに向かった。湯沸かし器のスイッチを入れてから、棚からコーヒーの瓶とマグカップを三つ用意する。カチッと湯が沸いた音を確認すると、用意したカップに熱湯を注ぎ三人分のコーヒーを淹れた。

「ミルクと砂糖はお好みで」

 トレイにカップと砂糖それにミルクをのせて晃汰は、キッチンから二人の前に戻ってきた。

「コーヒーぐらいじゃ騙されませんけど、これはいただいておきます」

 キッと晃汰を一度睨んだものの、豆の香ばしい匂いが湯気に乗って鼻腔をくすぐるコーヒーに、山下は誰よりも先に手を伸ばした。続いて梅澤も砂糖とミルクを混ぜ合わせ、マグカップに手を伸ばした。ふと、手に取ったカップの柄に妙な既視感を覚えた。

「覚えてるか?オーストラリアでお揃いのを買ったろ」

 カップを凝視する梅澤に、晃汰は白い歯を見せた。彼女が見ているカンガルーとハートの柄は、間違いなくオーストラリアの最終日に二人で買った物の片割れである。

「嬉しい…」

 飛び上がって喜びたいほど梅澤は嬉しかった。社交辞令だと思っていたあの時の晃汰の言葉が昨日のように思い出され、好きな人と同じ物を使えているという幸福感が一気に彼女の中を駆け巡った。

「で」

 そんな二人のやりとりを間近で見させられて不機嫌な山下は、強制的に会話を止めて本題へと戻す。

「プライドってなんですか?何があるんですか?」

 依然として厳しい眼を晃汰に向ける山下は、もうすぐコーヒーを飲み干そうとしている。埒があかないと察した晃汰は、小さくため息を吐いてからとうとう自分の思いを口にした。

「俺にだってプライドはあるサ。ずっと君たちに曲作ってきて、でもたった一曲作った著名な人に媚びてさ、嫌になるよそりゃあ」

 綺麗な言葉や話の順序など関係なしに、晃汰はメンバー達に抱いている不満をぽつりぽつりと話し始めた。声を荒げるような真似はせず、独り言のように小さく細く。

「怪我したのは俺のせいだし、梅が拉致られたからとかどうでもいい。それは俺の問題だし誰かのせいにする気もない。でも、ずっと曲を作り続けた功労者に対して、ソレは無いだろうと」

 ボソボソと歯切れの悪い独り言を言っているその時、晃汰の頭を山下は自身の胸に抱きこんだ。山下の眼には涙が溜まっていて、今にも溢れそうなほど眼元を赤くしている。

「ごめんなさい…晃汰さんの気も知らないで」

 抱きこむ力が一段と強くなると、山下はとうとう限界を迎えた。涙が止めどなく溢れ、晃汰の頭に滴り落ちる。

「不安だったんです、晃汰さんが帰ってこないから…嫌われちゃったのかなって…」

 今度は梅澤が晃汰の背中に、ピッタリとくっついた。

「晃汰さんの気持ち、何にも分かってなかった…」

 続いて梅澤も泣き出した。こんな結末を迎えたかった訳じゃないんだけどなぁ、晃汰はとんでもなくめんどくさい事に巻き込まれた気がしてならなかったが、暫く二人が立ち直るまでされるがままを貫こうと考えた。

 二人が密着していた時間は僅か五分足らずだったが、晃汰にはもっと永い時間を過ごしたかのように思えた。もっと望んでいた自分がいたかもしれない、晃汰は森保の横顔を思い出して少しの罪悪感を覚えた。

「まぁ、そういう訳だから。俺もお前さん達に愚痴聞いてもらえてラクになったよ」

 溜まりに溜まった鬱憤を二人にぶち撒けた後に飲むコーヒーは、いつもよりも格段に美味しく感じられた。それぐらい晃汰はメンバー達に対して、ささやかな不満を抱えていた。決して関係性が崩れる事など無いが、それでも人に言えない悩みが彼にはあった。

「ほんと、悩みがあったらすぐに言ってくださいね」

 山下は大きくため息を吐き、二杯目のコーヒーに手を伸ばし、その隣の梅澤はお揃いのカップを手で弄ぶ。

「そりゃ俺だってすぐ悩みは打ち明けたいけど、今回は内容が内容だったからさ」

 いつの間にか年齢が逆転したみたいに、晃汰はテーブルを隔てた向こうの山下に頭が上がらない。いつも何処か歳上を屁とも思わない彼女からしたら、今夜のこの状況は絶好の機会であり、歳を理由に先輩風を吹かす晃汰をとっちめるにはうってつけである。

「もうお腹空きました。どこか食べに連れてってください」

 気づけば夕食どきを過ぎていた。晃汰は山下の言葉で腕時計を見ると、自分も腹を空かせていることを自覚した。どうやら梅澤も同じように夕食を食べていないらしく、わざとらしくお腹をさすった。

「わかったわかった。連れてってやるから準備してこい」

 観念した晃汰が鍵を持って立ち上がるが早いか、梅山は自分の部屋へと一目散に戻った。

「そんな化粧しなくたって、充分可愛いだろうに」

 出かけるだけなのに何故彼女達が部屋に戻ってまで準備をするのか、晃汰は理解ができないままガレージへと向かった。部屋の鍵はいつものようにかけてはいなかった。

■筆者メッセージ
だいぶ間隔が空いてしまいましたね。かなり描きたいエピソードや新作への意欲が高まってきてます、新作は来年かな?
Zodiac ( 2020/12/27(日) 22:48 )