乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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G Jealousyを眠らせて
五十二曲目 〜Shadow〜
 OG達との飲み会に参加して以降も、晃汰が寮に帰ることは殆どなかった。鍵がしっかりとかけられており、懇意にしている三期生達でさえ彼の行方がわからないでいた。心配した山下や梅澤が晃汰にLINEを送るが、決まって『実家にいる』と返ってくるばかりであった。

「これはおかしい」

 番組収録の合間、軽食のおにぎりを頬張った山下は、眉間に皺を寄せて難しい顔をする。

「晃汰さんのこと?」

 分かってはいたが、梅澤は念のために訊く。

「だって、一週間も寮に帰ってきてないんだよ?絶対におかしい」

 マネージャーに買ってきてもらったコンビニのおにぎりを、なおも山下は食べ進める。彼女の手によって、既に二つ目のおにぎりのビニールは剥がされている。

「最近見ないよね、ほんと。LINEは普通なんだけどね」

 パイプ椅子を前後逆に座る齋藤は、晃汰とのやりとりを二人に見せた。トーク画面はいつかのライヴ前に撮った、彼とのツーショットである。

「なんでツーショット!?」

 山下はお約束なリアクションを取る。

「なんで?」

 愚問をぶつけられた齋藤は返答に困る。

「普通撮るよ、ツーショット。ほら」

 当然と言わんばかりに、梅澤もオーストラリアで晃汰と撮ったツーショットを山下に見せつける。

「…とにかく、晃汰さんが大変なことになってるのは間違いないから、私たちでどうにかしなきゃ!」

 山下ってこんな熱い人だったっけ。齋藤と梅澤は顔を見合わせながら小首を傾げるも、彼女の熱意に押されて弱々しく拳を突き上げた。

「彼女の熱意で一儲けできませんかね?」

「金の亡者め」

 役になりきった二人が小芝居を演じるなか、山下は晃汰をよく知る人物に連絡をし始めた。



「それで、俺を頼って来た訳?」

 半ば呼びつけられるような形で都内の居酒屋に来た竜恩寺は、先に来ていた三人の言い訳を聞く。

「たぶん晃汰さんの事だから、何かあれば真っ先に竜さんに相談してると思って」

 話の内容が明るくないものだから、いつもは戯けている山下も今夜は少し畏まっている。

「晃汰さんから、何か話されてないんですか?」

 少し眉を顰めて心配そうな表情の梅澤は、頬杖をついた状態でテーブルの向こうの竜恩寺に尋ねた。

「晃汰からねぇ…」

 お茶を濁すように弱々しく竜恩寺は答えると、運ばれて来た生ビールの泡だけを舐めた。大親友の竜恩寺に、晃汰からなんの相談も無い事などありえない。苦悩している事、源田夫妻の元に行ってからOG達と夜通し飲み明かした事、そして実家で寝泊まりをして仕事がない時は作曲活動をしている事。一から十まで聞いてはいるが、安易に漏らすなと竜恩寺は晃汰から釘を刺されていた。もちろん、簡単に口を滑らす奴ではないと竜恩寺を信用してのことだったから、彼もメンバー達はおろか上層部にさえ晃汰の現状を話してはいなかった。

「何も聞いてないよ。最近は、たまに仕事で一緒になるくらい」

 同僚に嘘をつくのは心が痛かったが、今は親友との絆の方が大事である。竜恩寺は最高級の演技で三人の眼を見ると、ジョッキに手を伸ばした。

「親友の竜さんにも、話ないんですね」

 齋藤もひどく肩を落として落ち込んだ。一番の情報源だと思い込んでいた人物が外れ、三人は次の策を考えなければならなくなった。

「今夜は奢るから、愚痴でもなんでも溢しなさいよ」

 三人の落胆っぷりを見かねた竜恩寺は、パウチされたメニュー表を彼女達に手渡す。スタッフの中でも温厚な性格と面倒見の良さから、竜恩寺もメンバー人気トップクラスに君臨している。勿論不人気なスタッフなどいないのだが、晃汰や竜恩寺は年齢の近さも相まって、必ずと言っていいほどメンバーから名前が挙がる。そんな人気スタッフからメニューを渡され、三人は眼を輝かせてドリンクと料理を注文し始めた。

「ところで竜さんって、彼女いないんですか?」

 酒が回ってきたのか、いつにも増してダル絡み度が増した山下が、下心のない上目遣いで竜恩寺を見る。

「いるよ」

「どこの誰ですか?」

 山下よりも先に、間髪入れずに梅澤が尋ねる。

「そりゃあ言えないな」

 戯けた竜恩寺は、三杯目のビールジョッキに手を伸ばす。彼女がいる事は想定内だったが、教えてくれないのは予想外だった山下は例によって悪い顔をし、齋藤と梅澤は首を傾げてどこの誰だかを詮索し始めた。

「考えたって無駄だよ。絶対分からないから」

 まさか同僚の彼女が海を渡って韓国で活動しているなど、夢にも思わないだろう。竜恩寺は絶対にバレないと踏み、余裕の表情を三人に見せた。

 結局、三人は本来の目的である晃汰の近況を竜恩寺から聞き出す事なく、ただ楽しい宴を終えてタクシーに乗り込んだのだった。飲み会の代金は勿論の事、帰りのタクシー代まで竜恩寺は笑顔で払った。三人は酔っていても恐縮してしまったが、男として年上として当たり前のことと、竜恩寺は言って聞かなかった。

「キミの事、聞かれたよ。何も話さなかったけど」

 酔い覚ましと軽い運動を兼ねて自宅まで歩く途中、竜恩寺は渦中の晃汰に電話をした。数コールの後に出た彼に、飲み会で三人から聞かれたあらゆる事を明かし、それに全て明言を避けた事まで伝える。

『悪かったな、騙すように仕向けちゃって』

 電話の向こうの晃汰は、どこか暗い印象を竜恩寺は受けた。

「気にするなよ、誰だってそんな時はあるよ」

 竜恩寺はさほど気にもしていなかったが、晃汰は彼の気持ちを案じていた。古くからの親友とは言え、メンバー達を騙すように依頼をしてしまった事を、今更ながら晃汰は悔やんだ。

「大丈夫だよ、また明日な」

 このまま通話を続けても、マイナスの言葉しか晃汰から出てこないと察し、竜恩寺は半ば強引に電話を切った。気丈なように見えて中身は意外と繊細(Sensitive)な晃汰を古くから見ている竜恩寺にしたら、彼の心理状態を把握するなど容易いものだった。それこそ、森保よりも高い感度で晃汰の微妙な変化にも反応するし、どんなメンバーよりも晃汰の楽曲の出来を褒め称える。今の晃汰があるのは竜恩寺のお陰であり、その事を晃汰も竜恩寺も良くわかっていた。

「家帰って飲み直すかな」

 日付を超えた都心は、酔っ払いを乗せたタクシーがあっちからこっちから行き交っている。年下の女の子相手に飲み足りなさを覚えた竜恩寺は、自宅近くのコンビニで酒とつまみを買い込み、自分の部屋で静かに二次会を始めた。

■筆者メッセージ
日付空けると、熱量とかそう言ったものが冷めてしまうんですよね。とにかく未央奈の卒業がショックすぎて…
Zodiac ( 2020/12/16(水) 22:30 )