乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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F 傷
四十九曲目 〜246〜
 
 夜の首都高を真っ赤なマシンが駆け抜ける。大した排気量や馬力ではないその車が売れているのは、数値やカタログ値では表すことのできない"官能"を体感できるからと、ハンドルを握る晃汰がそれを一番分かっている。

「新曲の作詞に手間取っててさ」

 ファミレスで面会した数日後、驚くほどの早さで驚くほどのクオリティを持った楽曲が、小室から晃汰の元に届いた。編曲は任せると小室はメッセージ上で戯けたが、晃汰にはそのつもりなどさらさら無い。著名なアーティストの曲をアレンジするなどと言う罰当たりな事以上に、その必要がない程完成度が突き抜けたモノが送られてきていた。そしてそれが皮肉にも作詞家・晃汰の今後を占うと言っても過言ではないほど、彼の技量を丸裸にしていた。

「人の曲に歌詞載せるのなんて、あんまり無いからサ…」

 自嘲気味に話す晃汰だが、口元は微かに緩んでいて何処か楽しげである。それもそのはずで、誰があの小室哲哉の曲に歌詞を付けられると思っただろうか。晃汰はギターを始めた頃の自分に会いに行って、今起きている信じ難いこの事実を伝えてやりたいぐらいだった。

「ただ、人から貰った曲だから、全く曲の世界観がイメージできない。それが唯一イヤかな」

 作詞家が文句も言わずによく歌詞を載せているなと、晃汰は先人達に尊敬の念を抱いている。元来、自分で曲を作った後にその世界観に合わせて歌詞を載せるのが彼のやり方で、AKBの頃にしても乃木坂に復帰してからもずっとその手法をとっていた。それが今回、自身の怪我によって初めての試みとなる人の作った曲に詞を載せる事となった。

 やがてマシンは、大きな螺旋道路を下って深夜の大黒PAに停まった。平日の真夜中ということもあって珍しい車は数えるほどであり、コンビニを除けば飲食店は全部閉まっている。だが、その閑散とした雰囲気が何とも言えぬ味を出し、晃汰は仕事に疲れた夜などに度々此処へ愛車と共に来ている。

「悪いな、疲れてるのに連れ出しちまって」

 エンジンを切って外に出た晃汰は、助手席から同じく降りた小顔に声をかけた。

「別に疲れてない。…夜のドライヴに連れてってくれるの、晃汰ぐらいにしか頼めないし」

 大きく背伸びをすると贅肉が殆どついていない身体の薄さが、暗がりの中でも顕著にあらわれる。胸の薄さも顕著にあらわれる。



『何処か静かなところに連れてって』

 珍しくペアになった齋藤飛鳥は、帰りがけの車内で運転する晃汰に、疲れ切った声で甘えた。基本的にツンな彼女しか見てこなかった晃汰は、上目遣いにも似た目線も相まってハンドル操作を誤りそうになってしまった。そこから晃汰は目的地を齋藤の自宅から大黒へと変えた。首都高を走り慣れている彼に、カーナビの設定など必要がない。

 歌詞制作に行き詰まっている晃汰にも、齋藤の言う夜のドライヴは都合が良かった。真夜中の道路に何かヒントでも見つけられれば、彼はそんな思いもあって齋藤の願いを素直に聞き入れた。




「もう少し早い時間だと、いろんな車がいっぱいいるんだけどね」

 ミルクティーの缶を開けた晃汰は、閑散とする広い駐車場を見渡す。

「静かな方が好き、落ち着くから」

 晃汰に奢ってもらった缶ジュースを同じように開けながら、齋藤も人出の少ないパーキングを見つめた。

「で?なんか悩んでんの?」

 珍しく齋藤からの誘いにずっと違和感を感じていた晃汰は、頃合いを見計らって彼女に問いかけてみた。

「うん、ちょっとね」

 あっさりと認めた齋藤だったが、それ以降は口を閉ざした。晃汰もあえて突っ込むことはせず、三人がけのベンチに一人分空けて隣に座る彼女から、次の言葉が発せられるのを待った。

「次のシングル、センターなの」

 アイドルが憧れるポジションを確約されているというのに、齋藤は不満げに話す。それが今回のナイトドライヴの口実だろうと晃汰は、俯き気味な彼女の横顔から察する。

「しーさんがいなくなる初めての曲だし、気合入れなきゃいけないのは充分わかってる。でも、七瀬とか生駒ちゃんとかもそうだけど、しーさんの代わりなんて務まらないよ…」

 本来、事前にポジションを通達する事はなく、メンバーを一同に集結させての発表が基本的である。今回はあえてその前に齋藤に伝えている所を考えると、晃汰は今野ら上層部の意図している事が分かるようである。

「そっか…じゃあ、逃げるのか?」

 松村に包帯を見られた時、齋藤が機嫌を悪くしたのはそのせいだった。センターとしての重圧を晃汰と分かち合いたかったが、作曲者は別。申し訳ないことをしたな、晃汰は心の中で齋藤に手を合わせたが、決して甘やかすようなことはしない。ゆっくりと晃汰の方に顔を向けた齋藤の目には、少しながら涙が溜まっていた。

「権利を与えられてるうちは、絶対にSuicide(自殺)しちゃいけない訳で。俺だって、毎回リリースするシングルに満足なんていってないけど、それでも出さなきゃならない。それは権利を与えられてるから、リリースしなきゃいけない義務があるから」

 いつかのニュース番組で、愛するボーカリスト・氷室京介が言っていた言葉を拝借して、晃汰は齋藤の説得に入る。彼自身も何度もプレッシャーに押しつぶされそうになる時があった。だが、氷室のその言葉が彼を奮い立たせ、作品を世に送り込む手助けをしていた。今度は俺が…その思いから、晃汰は齋藤の考えにただ同情する訳ではなく、自発的な奮起を促す。

「何があっても俺は、飛鳥含め君たちの味方だから」

 だが、どうしても同僚たちの盾でありたいと晃汰は常に思っている。執事というかつての肩書がそうさせているのか、染み付いた精神がそう思わせているのかは本人にもわからないが、最後までメンバーの良き理解者であり良きパートナーでありたいと彼は誓っている。

「なんか、晃汰らしいね」

 いつしか、齋藤の顔には笑顔が戻っていた。作ったものではなく素の表情が滲み出ており、ずっとその横顔を見ていた晃汰は安堵して肩を落とす。

「ほら、帰るぞ」

 目的は達成した、晃汰はいち早くホットゾーンから離脱しようと齋藤の肩を叩いた。

「ん」

 何故か齋藤は腕を広げ、晃汰を下から見つめる。

「飛鳥ちゃん疲れた、86までおぶってけ」

 晃汰は改めて、齋藤も神経がぶっ飛んでるソッチの人間だと解釈した。いくら人気が少ない夜のパーキングとは言え、レンズがいつどこで向けられているのか分からない所で、そんな事ができるわけがない。

「外でなんかできる訳ねぇだろうが、さっさと帰るぞ」

 年に数回しかない齋藤のデレに乗っかりたかったが、時と場所を弁えた晃汰はツンを貫く。殆ど諦めていた齋藤も渋々立ち上がると、晃汰よりも先に86へと歩き出す。

「歩けるじゃん」

 マシンに乗り込んだ直後、晃汰は齋藤にちょっかいを出す。

「たまには甘えたかったの」

 予想よりも可愛い言い訳が返ってきた為に、晃汰は思わず照れてしまった。それでも気を取り直してエンジンを始動させると、回転数が安定するのを待ってクラッチを繋いだ。

 まだ車に揺られていたいと齋藤からの要望で、東名高速道路に入ってからすぐに晃汰は高速を降りて国道246号線に入った。日付を超えた真夜中は交通量が殆どなく、時たま対向車線のヘッドライトが幻のように一瞬にして消えていく。その時、晃汰に何かが降ってきた。すぐに通りがけのコンビニに停まると、小室から送られてきた声が入っていない曲をBluetoothでスピーカーから流し、もう一台のスマホで録音をスタートさせて再び車を走らせた。停まっているより走っていた方が、スピード感に任せて歌詞が出てくるような気が晃汰にはしてならなかった。

 齋藤飛鳥を勇気づけるような、怪我をして悶々としている自分を鼓舞するような言葉を並べ、そして小室サウンドにはお馴染みの嘘っぱちな英語が追いかける。作詞作業を初めて目の当たりにする齋藤は、流れるように出てくる言葉たちに驚いている。

「こんなもんかな」

 ちょうど赤信号で停車すると晃汰は、サブスマホの録音を止めた。

「凄いね」

 齋藤はなんのお世辞もなしに、率直に感じたままの言葉を晃汰に伝える。

「自分の曲だったら、もっと良い歌詞が出てくるよ」

 あくまでも他人の曲、晃汰はそう言わんばかりに自嘲するも、彼なりにもプライドがあってそれが今回、思わぬ形で傷付けられようとしている。

「嫌なんでしょ、他人に曲作られるのが」

 息が止まるような感覚に晃汰は陥った。自分の腹の中を齋藤にズバリ言い当てられ、誤魔化そうとする気さえも起きない。

「顔にそう書いてあるもん。これが布袋さんとかだったら、また違ったんだろうけど」

 顔も身長も年齢も、何もかも自分より小さい齋藤に腹の内を明かされ、晃汰は参ったと言わんばかりに乾いた笑いをとばした。

 そんな苦心を強いられながらもなんとか歌詞を晃汰は紡いだ。それもセンターを張る齋藤の横で。いつもはタイトルにも"乃木坂らしさ"を意識していたが、今回は他人の曲ということが大きく手伝って、晃汰は意外な形でタイトルをつける事にした。歌詞を歌いながら走った国道246号線に因み、『Route 246』と名付けた。

■筆者メッセージ
予想よりも多くの感想をいただき、ありがとうございます。本来であれば全員にここでお答えしたいのですが、あまりにも多いので割愛させていただきます。それにしても、森保派が少数でかなりびっくり笑
Zodiac ( 2020/11/24(火) 06:29 )