四十八曲目 〜遠距離〜
「ディズニーデートならシたぜ?」
よせばいいのに晃汰は歩みを止めるだけでなく、さっきまでいたソファに再び腰を下ろす。
「そういう事じゃ無いです」
少しも口元を緩めず、梅澤は真面目な顔で晃汰と正対する。
「白石さんを抱いたんですか?」
逃げ明言を避けてはいるが逃げられぬよう、梅澤は晃汰と白石の仲を探るような質問をつけつける。その証拠に、彼女の顔にはいつもの穏やかな笑顔がない。
「抱いたらどうだってのサ」
あくまでも平生を装う晃汰だが、内心はバクバクである。
「白石さんと付き合ってるんですか?」
梅澤は更に追い討ちをかける。
「付き合ってない。その前に乃木坂は恋愛禁止なはずだぞ」
笑みを含んだ表情がいつの間にか真顔になっていると自分で気づいたのは、梅澤からの質問に必死に逃げ道を探しているからだと知る。
「お前さんが何を聞きたいのか知らないけど、俺はまいやんとソウイウ関係になった事はない。俺が無防備な女でも襲わないことくらい、オーストラリアで思い知ったろ?」
少し声を荒げたのは、これ以上梅澤に突っ込まれたくなかったからであり、彼女には申し訳ないが晃汰は嘘をついた。これでいつ俳優のオファーが来ても大丈夫、晃汰は若干たじろぐ梅澤を見て確信する。
「今夜は帰ってくれ」
晃汰には上手く丸め込めた自信があった。梅澤をぶっきらぼうに突き放すと、そのまま彼は気怠そうに寝室へと廊下を歩く。これで大人しくなるだろう、そう思ってベッドルームのドアに手をかけた時、ドスンと背中に平たい梅澤の前身がぶつかる。
「ごめんなさい、疑っちゃって…」
顔を見てはいないが、晃汰には背中の梅澤が頬を濡らしているのがわかる。
「最近、晃汰さんと白石さんのツーショットが多くて、妬いちゃいました…」
そんなに多いかね…晃汰はとりあえず黙って、梅澤の言い分を素直に立ったまま聞く。
「白石さんが晃汰さんのことを好きなのは知ってます。でも、私だって負けないくらい好きなんです…!」
「はいストップ」
強制的に梅澤の話を遮った晃汰は、彼女を抱き上げてリビングに行き、さっきまで自身が座っていたソファに置いた。
「まずキミは乃木坂ね?アイドルね?恋愛禁止ね?これ以上俺に何を求めるのか知らないけど、お門違いもいいところだぜ」
白石との関係を棚に上げてはいるが、晃汰は梅澤のやや暴走気味な恋事を危惧する。火をつけてしまったのは間違いなく自分だという自責の念はあるが、それでもこの辺りで消しとめておかねば、更に彼女がヒートアップする事は必至である。
「俺はメンバーと楽しく仕事してたいの。でも俺も男だから、そんじゃそこらのファンよりキミたちと仲良くも、時にはイチャイチャもしてたい。だけど、カラダを求めようと思った事は一度もないし、今後もない」
あくまでも健全な付き合いを、それが晃汰の本音にして信条だった。
「じゃあ、まどかさんとは何なんですか?遊びなんですか?」
痛いところを突かれたが、晃汰はよく考えた末の答えを口にする。
「まどかの事は本気で好きだし、愛してる。今はまだ彼女が卒業した後のビジョンは思い描けないけど、2人なら上手くやれる、きっとやれるってなんか思うんだよ」
最愛の彼女の話をする晃汰に、灯った嫉妬の炎が消える事はない。だが、自分が抱くこの感情を正常な方向へ持っていかねばならない、そう客観視できるほど梅澤は自分を失ってはいなかった。
「わかりました。じゃあ私は、まどかさんから振り向かせてみます」
「違うでしょ!?」
「ジョークですよ」
コイツといると疲れる。晃汰は大きなため息を吐いて肩を落とすと、立ち上がって寝室に向かった。
「でも、晃汰さんを好きな気持ちは"みんな"同じです。それだけはわかってください」
さっきまでとは違い晴れやかな笑顔の梅澤は、晃汰の背中に言い放つ。
「あぁ、俺もお前さん達を好きな気持ちは、どんなファンにも負けねえぞ」
立ち止まった晃汰は、肩越しに背後の梅澤を見た。
「おじゃましました」
身長の為にヒールの高い靴を履けない梅澤は、ペッタンコなパンプスを履くと晃汰に礼を言って部屋を出て行った。これ以上の侵入を許さない為に鍵を閉めると、晃汰は大きく背伸びをして寝室に消えて行った。まどかの声が聞きたい。晃汰はベッドに寝転がるや否や、遠い長崎で同じように胸を焦がしながら一人眠る森保に電話をかけた。
「背が高くてサバサバしてて、お前さんにそっくりな奴がいるんだよ」
「でも、私の方が素敵でしょ?」
久しぶりの森保は相変わらずで、変わってしまったのは俺だけなのかも知れない。晃汰は白石との一夜を思い返して後ろめたくなったが、それは言わない約束と白石と固く誓っている。気づけば一時間を越してしまいそうなくらいに会話が弾んだ為に、どちらからともなく通話を終え、弾んだ胸を抑えながら二人とも瞳を閉じた。