乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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E 夢限
四十曲目 〜Partyの後〜
 車を飛ばしてホテルに着くと、二人は各部屋に戻って身支度を始めた。打ち上げパーティーまであと一時間、充分過ぎるぐらい猶予はあるのだが、多数の傷を負った晃汰はその手当が先だった。

 固まった血を洗い流す為にシャワーを浴びるが、ぬる目に設定したお湯でも傷口に充分に染みた。刺し傷は二の腕だけだが、それ以外の切り傷もかなりの数があり、晃汰は痛みを堪えてそれらをボディソープで洗い落とす。白い泡がみるみるうちに朱く染まり、足元は殺人現場のように真っ赤になった。顔や髪にも血糊がついていることから、洗顔もシャンプーも一通り終わらせて晃汰はバスルームを出た。真っ先に髪を乾かすついでにセットをし、そして傷口の治療に移るが、どうしても手の届かない傷にはなんの処置も施せない。腰にタオルを巻いたまま途方に暮れるが、待てど暮らせど打開策など思いつかなかった。考えた挙句に、白いワイシャツではなく黒のワイシャツで万が一血が滲みてもカバーできるようにした。そして朱いネクタイを巻けば、かなりワイルドに寄ったコーディネートの完成である。尚且つブラックのロングジャケットを羽織るのだから、これから密売か闇取引に行くような格好である。それが晃汰の今夜の正装だった。

「大丈夫?刺されたところ…」

 すっかり他所行きな格好をして晃汰がロビーに下りると、既に梅澤が神妙な面持ちで待っていた。

「次言ったら、その口をKISSで塞ぐからな」

 言うなと言わんばかりに、晃汰は梅澤の唇に人差し指を当てた。 

「行こう、Partyが待ってるぞ」

 こんな時でも何かの歌詞のような言葉を晃汰は使う。服装がそうさせているのか、これからある打ち上げへの期待なのかは本人にも分からないが、何か自身の気分を高めている物があるのは確かだった。

 ポケットに入れた手から伸びる晃汰の左腕に梅澤が絡まるようにして、二人は会場までの道中を歩いた。ここまできたら週刊誌に撮られてもいいと二人は思っていたし、万一にそうなったとしてもいくらでも言い訳で逃げられる自信があった。

 クルーの一人が予約した店は、あまり畏まった程のフォーマルさではないものの、それでいて誰もが気兼ねなく入れないような絶妙なバランスの雰囲気だった。晃汰の漆黒コーデと梅澤のセクシーな黒いドレスも浮く事なく、モノトーンを基調とした店内で見事にハマった。アルコールが回って傷が痛み出すのを危惧して、晃汰は終始ジュースを飲み、その代わりに梅澤が無理の無い程度で酒を楽しむ。

 宴はなんのトラブルもなく、予定の時間を少し回った頃にお開きとなった。クルー達は二次会に行きたがるような素振りをチラリと見せたものの、翌日も運転をすると言う理由からホテルに戻る旨を話す晃汰に気を遣って、全員がホテルに戻った。

 梅澤のお陰で背中にだけは傷を負わなかったのが幸いで、晃汰はジャケットだけを脱いでベッドに仰向けで寝転がることができた。そひて思い返すのはパーティーの食事ではなく、不良達と一戦交えた時の光景だ。久しぶりに脳が沸騰するほどの怒りを覚えた上に、いつか使ってみたかったCQCも披露することができた。だが最も嬉しかったのは、梅澤が無事に戻ってきてくれた事。それさえ叶えば自分の傷など、晃汰にとってどうって事なかった。

 そんな梅澤が晃汰の部屋を訪ねて来たのは、そのままの体勢でうたた寝をしていた時である。頼んでもいないルームサービスかと思って扉を開けると、さっきと同じドレス姿の梅澤が立っていた。

「最後の夜は、一緒にいたかったので…」

 顔を赤くしながら俯く梅澤は何処か幼く、それでいて真っ黒なドレスが妖艶な大人っぽさを演出する。晃汰にしても最後の夜をこのまま寝てしまうのも面白くはなかった、二つ返事で梅澤を自室へ通すとドリンクのルームサービスを頼んだ。カクテル、そしてジュースをそれぞれ注文して晃汰はソファに座った。程なくして二つのドリンクが届けられ、二人は静かに乾杯をした。大きな窓からは月が見え、ホテルのプールが煌びやかに光っている。楽しかった撮影も今日が最後と考えると、梅澤は無性に寂しくなってしまった。

「なんか、楽しい時ってあっという間ですね…」

 言って欲しくなかった言葉を梅澤に先越され、ジュースを飲む手が止まる。誰かの写真集の撮影に帯同する時は、いつも同じような心境に陥る。旅行でしか行けないような素晴らしい場所、息を呑むほど綺麗な土地がそうさせてしまっているのは分かっているが、その時に深くなるメンバーとの絆がいつだって晃汰の後ろ髪を引くのである。

「なかなか良かったな、オーストラリア。もう正義のヒーローごっこはゴメンだけど」

 期間を思い返し、どれを取ってもかけがえのない思い出としてピカピカに光っていて、包帯を巻いている生傷さえ愛おしく思えて仕方がなかった。

 二人でいる時間はあっという間だった。いつの間にか時計の針は12時を過ぎ、夜も深まった。酒が入っている梅澤も欠伸の回数が増えてきており、晃汰は二杯目のジュースを飲み干して立ち上がった。

「そろそろ解散かな。風呂入って来るから、そのまま帰りな」

 ずっと締めていたネクタイを解いてワイシャツを脱ぎ、仮処置だらけの身体が剥き出しになる。

「今夜はここで寝ます。女は一人じゃ眠れないんですよ?」

 ほら始まった。晃汰は予測していた通りの展開に、微塵の焦りもない。

「ベッド二つあるからな、使ってない方で寝なさいな」

 構わずバスルームに入った晃汰は、痛みに耐えながらも二度目のシャワーを浴びる。けれども汗もかいていないし汚れてもいないから、セットした髪を重点的に洗う程度でタオルに包まった。化粧水だけのスキンケアにドライヤーで雑に髪を乾かして彼のバスタイムは終わりである。

「私もお風呂入ってきます」

 まさかとは思ったが、やはり梅澤は晃汰の部屋のバスルームに入った。こんな事もあろうかと、シャワー後に入念にシャワールームを綺麗にしておいて良かったなと、晃汰は安堵のため息をついた。女の子の入浴音を聞きながらベッドに座るのは、白石との箱根以来だった。なんの期待をしてはいけないのに、どうしてもオスの部分が熱を帯びてしまうのを、晃汰は素直に受け入れている。やがてバスローブではなくバスタオルを巻き付けた梅澤が、少し湿らせた髪を揺らしてバスルームから出てきた。

「色っぽいじゃん」

 酒が入っていない晃汰は、平常心を保った声で梅澤に話す。

「晃汰さん、こっちの方が好きかと思って」

 上気しているのは風呂上がりなのか、はたまた好意を寄せる歳上ギタリストに見られているせいなのか、梅澤には分からない。

「どうせなら、さっきのドレスの方がヤる気にさせてくれてたな」

 ニヤッと笑う晃汰だったが、そこに嫌らしさは全くと言っていいほど無かった。それにつられ、梅澤も悪戯な笑みを溢す。そしてどちらからともなく、二人は抱き合った。命の危機を二人で脱した事も手伝って、二人はこのオーストラリアで関係を深いものにしていた。だが、カラダの関係に走ることはない。それはお互いが今の関係を望んでいるからだ。メンバーとスタッフ、メンバーとギタリスト、それもプライベートな部分まで踏み込めるようなより親密な関係。最後は梅澤が晃汰の頬にKISSをして、別々のベッドに入った。

「明日は別行動?」

 梅澤が暗闇の中で晃汰に問う。

「いや、空港まで車で行ってフライトまでは自由時間」

 もう眠りにつきたかったが、勝手な事をされても困るので晃汰は予定を梅澤に伝えた。

「じゃあ、自由時間は一緒に買い物に行きたい」

 暗闇の中ではあるが、梅澤がどんな顔をして話しているのか、晃汰には想像が容易だった。

「あんまり目立たない程度でな」

 それから、晃汰は会話の記憶が途絶えた。


 翌日、酒を飲んでいた梅澤の方が早く起きて、晃汰を揺り起こした。二人並んで洗面所の鏡に姿を映しながら歯を磨き、化粧や髪をとかして身支度を整える。

「行くぞ」

 荷造りの為に出発間際に自身の部屋へ戻った梅澤を思い、晃汰は開けられている彼女の部屋へ顔を出した。そこには、すっかり荷物はまとめているくせに、未だベッドの上で寝転がっている梅マヨの姿があった。

「晃汰さん、ギューしてください」

 既にその気の梅澤は、仰向けのまま晃汰に向かって両手を広げていた。

「まだ酒が抜けてねぇのか、寝ぼけた事言ってないでさっさと行くぞ」

 昨夜の親密な雰囲気からは一転、ドライな晃汰が顔を出す。

「嘘だよ、ギューくらいなら嫌々してやるよ」

 頬をパンパンに膨らませて抗議する梅澤を笑いながら、晃汰は彼女の上に重なった。細くしなやかな身体をはまるで森保を思い出させ、帰国したらすぐに会いに行って溜まった鬱憤を晴らしたくなってしまった。

「さ、行きますよ」

「お前さんが誘ってきたんだろ」

 始まりと終わりは梅澤が制し、晃汰はどうにもペースを乱されて仕方がなかった。ただ、そこは可愛い同僚のお願いだからと解釈はして納得するが、どうにも梅澤の相手は一筋縄ではいかなかった。

 空港でレンタカーを返してしまえば、もう晃汰の役割は終わったも同然である。手続きを終えて言いつけられた場所に戻ってくると、長い脚をパタパタさせて長椅子に座る梅澤の姿があった。待ってましたと言わんばかりに晃汰の姿に気がつくと、すっと立ち上がって彼の左腕に絡みつく。

「お揃いのものが欲しいんです」

 空港に併設されているショッピングモールを練り歩きながら、梅澤が溢す。目立たないものであれば、という条件付きで晃汰はOKを出した為、大層梅澤ははしゃいで店を片っ端から見て歩く。

「これとか、どうですか?」

 梅澤が恐る恐る指さしたのは、カンガルーとハートが二つで一対の柄柄となるマグカップだ。これならば、と晃汰は了承し、早速その二つを持ってレジに向かった。

「いいよ、プレゼントだ」

 財布を出そうとする梅澤を制し、代わりに綺麗なラッピングが施されたマグカップの箱を手渡す。

「帰ったら、二人でコーヒーでも飲む時に開けようぜ」

 晃汰のその言葉に、梅澤は子供のように首を大きく縦に振り、大事そうに箱をスーツケースの中にしまった。搭乗まであと一時間程度、梅澤は残された時間でどれだけラブラブなデートができるか、胸を弾ませながら晃汰の腕に絡まりながら歩いた。

Zodiac ( 2020/10/08(木) 07:03 )