乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト - E 夢限
三十九曲目 〜Dirty Star〜
 晃汰と分かれた梅澤は一人で、オーストラリアの街でプレゼントを買おうと目論んでいた。サプライズで花束を貰ったことで決心した彼女は、あわよくば晃汰とお揃いの何かも同時に買おうと企む。だがここは海外、仕事で何回か異国の地を踏むことはあったが、それはスタッフが全てのサポートをしてくれていた。それ故に海外を一人で歩けるほど英語に明るくもなく、ましてや慣れているわけでもない。梅澤は知らぬ間に治安が悪いと噂されるエリア、廃墟のDowntownに迷い込んでしまった。すかさずスマホを手に取って晃汰にLINE電話をかけるも、更に不運が続く。

「What are you doing?」

 背後から声をかけられ振り返ると、所謂ストリート系と括れるファッションで固めた黒人が二人、こちらを嫌らしい眼で見ている。

「え…?え…!?」

 一瞬にしてパニックになってしまった梅澤は、中学レベルの英語どころか日本語でさえもまともに話す事ができなくなってしまった。そこから梅澤が連れ去られるのは、時間にしてもあっという間だった。だが、最後に梅澤は電波の向こうの晃汰に向かって声を吹き込む。

「晃汰さん、位置情報…」



 走りついた場所には既に梅澤の姿はなく、一旦ホテルに戻った晃汰はクルー達には報せず、緊急事態の為に常備している諸々をバッグに詰め込んで車に飛び乗った。打ち上げパーティーの開始にはまだ充分時間があり、何とか梅澤を無事に救出してパーティーに参加させてやりたい、その想いが晃汰を突き動かす。レンタカーのエンジンを始動させた晃汰は、ふざけた運命を追い越す為に月を睨んでアクセルを踏んだ。

 これほど文明の利器に感謝したことはない。梅澤が最後に残したメッセージ、英語でGPSと言ってしまえば外国人にも分かってしまう。そこは頭を使った梅澤が、日本語でヒントを教えてくれた。現地の道交法など丸無視で、自身のスマホを片手に梅澤の位置を示すポイントに急いだ。

 梅澤のGPSが留まっている場所は、晃汰が最後に彼女を見たポイントからはあまり離れておらず、徒歩でも頑張れば行けそうな距離だった。だが、救出用の装備や万が一の事を考えると車で来たのが正解だろうと、くたびれた倉庫を睨みつけながら晃汰はそう思った。数台の車とバイクが停められている事から、晃汰はここに梅澤がいると直感した。出入り口の両開き引き戸の隙間からは中の灯りが漏れており、周囲に見張りが居ないことを確認し、晃汰はそこから中を偵察する。予想通り、椅子に縛り付けられた梅澤が、5・6人の黒人に囲まれている。単眼鏡越しにその表情は恐怖に満ちている事が見て取れるが、その顔や腕などの肌に傷がついていない事が晃汰を少し安心させた。それでも、大切な同僚を危険な目に合わせた事への怒りは消えない。寧ろ、現状を見てしまった事でそのFury(憤怒)は更に増幅されてしまい、完全にキレた晃汰は錆のついた金属製の扉を軽々と開けてしまった。



 スマホに声を吹き込んだ直後に目隠しをされ、強引に車に乗せられた。人数が二人より増えたことは声の数で分かったが、汚い手で生脚を触ってくる事だけは勘弁して欲しかった。まだ触って欲しい人にも触られてないのに…幾らかの怒りと殆ど恐怖な感情が入り混じる中、梅澤は無言で車に揺られた。

 遠くまで拉致されてしまうと思っていた梅澤の予想を下回り、車は意外と長くは走らなかった。両腕を拘束されて降ろされると、油の臭いと埃っぽさが鼻腔をつき思わず梅澤は咳き込んでしまった。椅子に座らされて目隠しを外されたのも束の間、背もたれと脚部に四肢を固定されてしまい、身動きすらままならない状態にされてしまった。

「Let's do something interesting」

 アタマらしき人物が、やはり英語で話しかけてくる。中学英語レベルの知識しかない梅澤は理解こそできなかったが、自分にとって都合が悪い事を言ってくる事だけは分かっている。何も言い返せない自身の歯痒さと恐怖、そして愛してもいない男に身体を触られた事に対する嫌悪感から、彼女の頬に涙が伝った。それを見た薄汚れた野郎達は、品の無い笑い方で梅澤を指さした。味わったことのない屈辱に自然と顔は俯き、ショートパンツから伸びる太ももに涙が落ちた。

 悔しさのあまり梅澤が拳を力強く握ったその時、遠くで油の切れた金属同士が擦れる大きな音がした。ハッとして顔を上げた梅澤以上に慌てた野郎達が身構えて見据える先には、タクティカルグローブとミリタリーブーツで軽武装した晃汰が、血走った眼でこちらを見ている。

「Entertainment is needed for the party(パーティーには余興が必要だろ)」

 大きな声ながらも流暢な英語を披露した晃汰は、目にかかる前髪をかきあげた。大勢が攻めてきたと踏んだストリートギャング達は拍子抜けし、単身で乗り込んできた日本人をせせら笑う。

「だめ…来ちゃだめ…」

 自分を救いに来てくれた晃汰に感謝をするも、この人数を相手に彼が勝てるはずがない。梅澤は自分の事など構わず、一刻も早く晃汰にこの場から逃げて欲しかった。

「C'mon everybody」

 右手の指をクイクイッと挑発する晃汰の行為で、一斉にギャング達が彼目掛けて走っていく。ファイティングポーズをとった晃汰は息を一つ吐き、まずは群を華麗な身のこなしで躱して反撃に転じる。

「まずはCQCの基本を思い出して」

 晃汰の戦闘術の教科書は、全てメタルギアであった。襲いかかってくる拳を避け、その反動を使ってギャングを地面に叩きつけながら、ザ・ボスの言葉が聞こえてくるようだった。敵の胸元を押して地面に叩きつけたり、時には背負い投げや柔道に通ずる投げを披露して全員を制圧してしまった。

「待たせたな」

 お馴染みのセリフを述べながら、晃汰は梅澤の自由を奪っていたロープを自前のサバイバルナイフで切った。

「遅かったじゃないですか」

 開放された梅澤は、晃汰の胸に収まる。晃汰もこのタイミングではしょうがないと、梅澤の背中に腕を回して抱きしめた。だが、それも束の間で騒ぎを聞きつけたであろう同じような汚れた連中が、さっきの倍ほどの人数で押し寄せてきた。

「私が湘南のヤンキーだった事、忘れたんですか?」

 物陰に隠れるよう梅澤に言いつけた晃汰に、彼女が返した言葉である。これは頼もしい援護を貰える、晃汰はニヤリと口元を緩めると、自身がつけていたファイティンググローブを梅澤に手渡した。

「背中は任せたぜ、雷と勇気のセーラー戦士さんよ。ヤキ入れてやれ」

 長い手足を存分に活かした戦い方は、高校時代と変わらなかった。当時は同学年のレディースだったのが、今の敵は異国の汚れた不良達。乃木坂に入ってからはこんな事はなかったが、愛するギタリストとピンチを脱する為に梅澤は再び拳を握る。

 晃汰は当初、梅澤を解放したら物陰に隠して一人で敵を一掃するつもりだった。万が一の事があってはならないと考えてのことだ。だが、かつて湘南では名の知れていたという彼女は、コソコソと隠れる事を嫌って臨戦態勢に入っていた。その言葉通り、投げや叩きつけを基本として戦う晃汰の背後で、りっぱな立ち回りを梅澤は演じている。

 優勢に見えた晃汰と梅澤だったが、残すは数人となった時に状況が一変する。残りの不良達が一斉にナイフを取り出し、二人を哀れむような汚い笑顔を向ける。晃汰の隣に移動した梅澤は顔を引きつらせ、後退りする。

「美波、隠れてろ」

 右手で梅澤を制すると、腰ベルトに固定してあるケースからサバイバルナイフを取り出し、不良達に向かって行った。

 迂闊だった。日々の鍛錬の効果が出るかと思っていたが、やはり所詮は筋トレである。ナイフを持った複数人を相手にできるほどエキスパートでも無し、見る見るうちに身体に切り傷が増えていく。やっとの思いで一人を地面に叩きつけた晃汰だったが、最後の手段として見えない所にあるホルスターから、リボルバー拳銃であるシングルアクションアーミー(SAA)を抜いた。

「え…」

 顔を強張らせたのは、不良達以上に梅澤だった。銃に詳しくない彼女でさえ、晃汰が手にしている物が法で許されない物である事は理解できている。それをいま目の前で、黒人不良グループに銃口を向けている晃汰を、梅澤は別人であってほしいと願ってしまった。

「Go home or die」

 これが、晃汰が不良達にかけた最後の言葉だった。慌てた表情で両手を挙げて投降した残りの不良達は、ナイフをしまって横たわっている仲間を目覚めさせ、入ってきた所から転がるように逃げて行った。

「帰ろう、Partyが始まっちまう」

 くるりと振り返った晃汰は、笑顔で梅澤に話しかけた。だが、彼が一歩近づくと梅澤はその分だけ彼から遠ざかる。

「なんでそんな物持ってるんですか…」

 今の梅澤の中で、晃汰は危ない物を持ったソッチの関係者という概念で溢れている。それを知った晃汰は、もう一度SAAを取り出すと銃口を自身の側頭部に向けた。

「だめぇ!!!!」

 今日一番の梅澤の悲鳴よりも早く、フルコックにされた撃鉄が晃汰の人差し指に掛かる引き金によって薬莢を叩く。あまりにも大きな銃声と予想されるであろう地獄絵図から、梅澤は顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。同僚が目の前で自殺する様など見たくはない。梅澤は顔を上げる事ができなかったが、そんな彼女に乾いた声が飛ぶ。

「空砲だ。モデルガンだよ」

 ハッとして顔を上げると、晃汰は人差し指で銃を回しながら立っている。梅澤は訳が分からなくなり、眼を白黒させた。そんな彼女に晃汰は笑いながら近づいてモデルガンの概要を説明するが、彼が着る白いシャツの右二の腕部分の朱いシミがだんだんと広がる。それにつれ晃汰の顔色も悪くなり、額には脂汗がじっとりと溢れる。

「ここだけ、深く刺されたみたいだわ」

 シャツを脱いでタンクトップ姿になった晃汰は、自身の腕にタオルを巻きつける梅澤に呟いた。

「アドレナリンが切れたんだろ、こんなの、ツバでも付けときゃ治るよ」

 ただの痩せ我慢だった。実際は燃えるように熱く痛み、思うように右手に力を込める事ができない。SAAがモデルガンだとバレたら終わりだと、晃汰は腹を括っていた。戦闘を続ける事はできなかっただろうし、もう一度梅澤が人質に取られていたかもしれない。そんな度重なる危機を脱した安堵感から張り詰めていたものが切れ、痛みが全身を駆け巡った。

「すいません、私のせいで…」

 タオルを巻き終えた梅澤が、ポロリと涙を流した。一人でかいものにいかなければ、連れさらわれなければ…幾つもの後悔が重なり、結果的には大好きなギタリストの身体を傷付ける羽目になってしまった。

「こんなのかすり傷だよ、お前さんに怪我がなくてよかったよ。だからそんな神経質(ノイローゼ)になるな」

 そんな明るい言葉で締めくくると、スッと晃汰は立ち上がり、梅澤の手を引いて彼女も立ち上がらせた。

「帰るぞ、Partyに間に合わなくなっちまう」

 傷だらけの身体に黒いタンクトップ、右腕には手に染まりつつあるタオルが巻かれているなんともムービー・スタアの様な晃汰の後ろ姿に、梅澤は本気で惚れてしまった。

■筆者メッセージ
新作描きはじめてますが、設定が曖昧ので難しい…
Zodiac ( 2020/10/04(日) 18:03 )