乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト













小説トップ
E 夢限
三十八曲目 〜キッドナッパー〜
 異国の地での一週間はあっという間に過ぎ去り、残すところは今日を含めて二日となった。撮影は今日で全て終了し、翌日は飛行機の時間まで自由行動となっている。クルーに疲れが見え始めてはいたが、梅澤の最高の写真集を作るという熱意が燃え上がり、疲労した身体を突き動かす。当の梅澤はと言うと、晃汰の献身的なサポートのお陰で毎日ベストコンディションで撮影に臨めており、今まで見せたことのない側面を惜しげもなくカメラに収めていた。

「今日で最後ですね…」

 胸元と背中が大胆に開けた黒いドレスを纏った梅澤が、寂しそうに呟く。

「明日は自由時間だし、そんなショボくれるなよ」

 大人びた返しをする晃汰だったが、実は彼自身も思いの外楽しめたこの撮影が終わってしまうのを、少しばかり悲しんでいた。それでも俯く姿を梅澤には見せられまいと、自分を律して前を向いている。

 セクシーな真っ黒いドレスに身を包んだ梅澤は、先程のノスタルジーな面影とは打って変わって元気な表情をカメラに向ける。長めの裾をはためかせながら、カラフルな街並みの中を踊るように歩く。まるでムービー・スタアになったように彼女は妖艶で、それでいてどこか子どものようなあどけなさがあった。最後はと現場に顔を出した晃汰は、梅澤の長い手足に視線を拐われた。

 最終日の撮影は、夕方の早い段階で終わりとなった。夜からクルー全員にモデル、そして運転手が参加しての打ち上げが予定されているからだ。最後のカットを撮り終えた直後に、サプライズで晃汰が花束を梅沢に手渡し、暫くの間彼女から涙が乾くことはなかった。

 撮影から引き上げてきたホテルで、打ち上げが始まるまで各々が好きな時間を過ごす。晃汰も時間が来るまで部屋でゆっくりしていようと考えていたが、そこは梅澤が阻止をする。部屋に戻ってくるなりシャワーを浴びるが、防水ドア越しに自身のスマホが鳴っていることに気づく。仕事柄、常にスマホは近くに置いている為、右耳の辺りだけをタオルで拭いて晃汰はスマホを耳に当てた。相手の第一声で架電者を特定し、そして用件を聞く。

「いま風呂入ってるから、あと30分後にロビーな」

 相手は梅澤だった。打ち上げまでの時間を晃汰との散策に充てたいと申し出ており、たまには良いかと晃汰も時間を指定して承諾した。そうと決まれば、乾かしただけの髪型では梅澤に失礼になってしまうと考え、晃汰はキチンと髪をセットしてコロンを叩いた。

 指定した5分前には着いたが、梅澤はそれよりも先にロビーに来ていた。遅いと言わんばかりに頬を膨らませた所謂「プク顔」を梅澤は披露するが、晃汰は腕時計を見せて自分も遅れていないことを証明する。

「あんまりプラプラするんじゃねぇぞ」

 紫色のキャップにダボついたスウェット姿の梅澤の後を、両手をポケットに突っ込んだ晃汰が気怠そうについていく。そんな晃汰のことを気にも留めず、ロングスカートの裾をヒラリとはためかせながら、梅澤は可憐に歩いていく。

「晃汰さんはちょっと待っててください!買いたい物があるので!」

 雑貨屋が軒を連ねる地区に差し掛かった時だ。徐に梅澤が回れ右をしたと思えば、それだけ言い残してさっさと何処かへ行ってしまった。反論する時間も無く一人残された晃汰は、手近なカフェに入ってアーモンドミルクのフラットホワイトを注文した。彼が好きなカフェオレは、海外では通用しない。それを分かっていたから晃汰は、より好みのコーヒー牛乳に近い味わいのフラットホワイトを求めた。歩道に面したカフェテラスに腰を下ろした晃汰は、太陽が落ちたのにも関わらずティアドロップ型のサングラスをかけてグラスを傾ける。傍から見た自分がどれほど気取って見えるか知っているが、それを考慮しても海外の空気の中でその格好をしていたかった。まるでムービー・スタアにでもなったかのように、遠くをぼんやりと眺めては脚を組んでグラスに口をつける。

 その時、ポケットのスマホが震えた。ポケットWi-Fiを通してのLINE電話の為、梅澤のプロフ画が液晶に表示されている。晃汰が撮ったオフショットをいち早くプロフ画にしていている事から、彼女がよほど気に入っている事が窺える。

「通りのカフェにいるよ」

 用件は聞かずに一方的に晃汰は話す。どうせ分かれた場所にいないから現在地を聞きたいのだろうと括ったが、実際は違っていた。電波の向こうから梅澤の声が聞こえることはなく、代わりに男声によるオーストラリア特有の訛りがある英語が聞こえてきた。おおよそ、海外に不慣れなアイドルには掛けて欲しくない言葉であった為に、晃汰は電波越しに聞こえてくる周囲の音を頼りに梅澤の元まで走った。

Zodiac ( 2020/10/01(木) 18:44 )