乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト












小説トップ
E 夢限
三十七曲目 〜熱気球〜
「はぁ!?」
 
 晃汰の素っ頓狂な声とともに、撮影隊の一日がスタートした。

「だから、晃汰さんしかいないんですって」

 薄い生地のガーディアンを羽織る梅澤が、語気を荒げる晃汰を宥める。

「何の為のカメラマンだよ!?俺は高いところが苦手なんだぞ!」

 尚も晃汰の機嫌は収まらない。それもその筈で、予定されていた熱気球に乗っての撮影で搭乗予定だったカメラマンが、土壇場になって体重超過していることが発覚したのだ。無論、高所恐怖症の晃汰には寝耳に水で、彼が声を荒げるのも無理はなかった。だが、他に梅澤を撮れる人材がいなければ、彼女のあひのままの笑顔を引き出せる者もいない。体重超過のカメラマンを含めたクルー達は、晃汰の他に適任がいるとは考えなかった。

「撮影は夕方なので、それまでに覚悟しておいてください」

 梅澤含め撮影隊は、もう"その"方向に向かっている。これが民主主義というなら、俺は独裁者になる。そんな晃汰の悲痛な叫びも虚しく、本日一発目の撮影地にて撮影が始まる。

「そりゃないっすよ、田城さん…」

 ファインダーを覗き込むカメラマンの背後に立った晃汰は、顔馴染みであるカメラマンに話しかける。

「悪いな、俺も減量がんばったんだけどな…」

 その発言からも分かるように、身長は晃汰よりも低いのだがひとまわりもふたまわりも大柄であり、その中に梅澤が何人も入ってしまうのではないかというほどだった。そんな愛くるしい人物に謝られてしまえば、晃汰も返す言葉を失ってしまう。仕方なしに熱気球に乗る事は渋々了承したが、高所恐怖症に対しての対策を晃汰は考え始めた。

「まぁ、対策なんてあったら苦労する人がいない訳で…」

 どのサイトを覗いても明確な答えを得られずに、晃汰は頭を抱えた。病院に今更かかるほど時間もなし、特効薬なんて物も存在しない為に彼は腹を括る以外に選択肢は無いと悟った。珍しく撮影現場に顔を出している晃汰の目の前で、梅澤は現地のシェフに教わりながらミートパイを焼いている。エプロンをしてはいるものの、着ている白いノースリーブの胸から上の部分が出てしまっている。もう少し大きいエプロンをつければいいのにと、晃汰は梅澤の胸元を見て思った。

 その後、焼き上がったミートパイをシェフと梅澤を含めて皆で頬張る。出来栄えはシェフが絶賛するほどだったが、英語の分からない連中はそのジェスチャーだけで成功だったと喜んだ。

「気に入りましたか?」

 次の撮影に向かう為にクルー達は撤収作業をしている中、梅澤は手持ち無沙汰になっている晃汰に近づく。

「あぁ、いいセンスだ」

 メタルギアシリーズではお馴染みの台詞を代用し、晃汰は梅澤が作ったミートパイの出来を褒める。他の誰よりも褒めて欲しい人物に好評を貰った梅澤は、鼻歌を歌いながらスキップして元いた場所へと戻っていった。

 その後もいくつかの撮影地を転々とし、いよいよ当日のクライマックスである熱気球に乗っての撮影に差し迫った。晃汰はもう覚悟を決めている為、目が血走って武者震いが止まらない。待ち時間はいいから早く乗せろと繰り返し、早く楽になりたがっている。

「晃汰さん、実は私も高所恐怖症なんです…」

 乗り込んだカゴが地面から離れた瞬間、飛び込んだ晃汰の胸の中で梅澤は最後の最後まで取っておいた弱音を吐いた。

「私も怖いんです…」

 日々の鍛錬のおかげで硬くなった大胸筋に顔を埋める梅澤を晃汰は優しく抱きとめるが、その本人も気が気ではなかった。周りの景色が空に近づく様は異様で、飛行機とは違う感覚に晃汰は息も絶え絶えである。

「良い加減離れてくれよ、撮影ができやしない」

 そう言って晃汰は、自身の胸にへばり付く梅澤を引き剥がしたが、まだ彼女は眼を手で覆っており、外の景色を見てはいない。幾らか外の景色に慣れてしまった晃汰は、思い切って梅澤の両手を顔から強引に引っぺがして眼を開けさせた。最初は震えていた彼女だが、それは時間が解決した。

「こんな景色、同僚とじゃなくて彼女と見たかったな」

 サングラス越しではあるが、眩い夕陽に晃汰は眼を細めて独り言のように呟く。やっとこ籠の端に手を置いて掴まり立ちができるようになった梅澤だったが、彼のように景色を楽しむまでには至っていない。

 その後、晃汰の補助もあって幾らかの平常心を取り戻した梅澤は、夕陽にも負けないぐらいの眩しい笑顔を晃汰が覗くファインダーに向けた。緑のジャケットを何回にも分けて脱着し、その度に素肌が透けるシースルーシャツが扇情的な雰囲気を醸し出す。時には戯けた笑顔を、そしてグッとくるような大人の表情まで、梅澤は見事に"演じ"た。

『そろそろ降りるかい?』

 そんな二人の楽しそうなやりとりを見ていた気球の操縦士は、左手首を見て二人に問う。通訳をして梅澤に操縦士の言葉を伝達し、それに頷いた梅澤の意思を更に操縦士へ伝達する。その直後、気球はゆっくりと下降を始める。

「最後に、ツーショット撮りましょ」

 言うとはわかってはいたが、いざその時になると恥ずかしさが顔を覗かせる。晃汰は一度断ったが、梅澤の熱意に折れて彼女と頬を寄せ合った。一枚目は笑顔で、二枚目は少しキメた顔で、そして最後は晃汰の不意を突いた梅澤からのキス写真。

「個人鑑賞用にしとけよ、それが出回ったら二人とも死ぬぞ」

 右頬に付いた梅澤と同じ色のルージュを指で拭うと、晃汰は呆れた眼を隣の梅澤に向けた。

「大丈夫です、待ち受けにするので」

 まるで分かっちゃいなかったが、彼女なりに楽しそうではあったから晃汰もそれ以上言うことはなかった。やがて籠が無事に地面に到着すると、操縦士と握手をして二人は降りた。待っていたクルー達に土産話もそこそこに、晃汰がいち早くコックピットで待つ車に乗り込んでホテルへの帰路についた。

■筆者メッセージ
最近、新しいのを考えてます。サクラ大戦に今頃になってハマり、サクラ対戦とメタルギアとエクスペンダブルズを混ぜたものを作りたいなと。配役もほぼ決まりつつあります。
Zodiac ( 2020/09/24(木) 19:37 )