D 新居
三十一曲目 〜現役同級生〜
「三、四期生と一緒に住んでるんだって?」

 カクテルを舐めた山?アが、同じようにグラスを持つ晃汰に訊ねる。

「うん、寮に入ってね。まぁ、語弊を恐れずに言えば、一つ屋根の下ってとこかな」

 彼女の眼を見て答えた晃汰は、カシスオレンジに口をつける。

「よく運営が許したね、それ…いや、晃汰がどうのこうのって事じゃなくてね」

 言いかけた自身の言葉に何かを感じ、樋口は必死に左隣の同い年をフォローする。

「デモ、オナイドシガミヂカニイルト、ココロヅヨイデス。ヘンナイミジャナクテ、イセイトイウノガ、アンシンシマス」

 同い年とは言え先輩を前に、佐藤はいつも以上にロボット度が上がってしまっている。

「それ、分かるなぁ。寮って、皆いるけど何か不安なんだよね〜」

 かつては寮生活を送っていた星野も、佐藤の意見に同調した。それに伴い、同じように寮に入っていた樋口も山?アも、うんうんと何度も頷く。ずっと実家暮らしだった晃汰には、その苦労が分からなかった。だからこそ、彼は区切りをつけて独り暮らしに踏み切り、迷える三、四期生達の盾になろうと決意した。

 何気ない樋口の一言で、今夜の同級生会は始まった。

「そろそろ同級生会、したいよね」

 ファッション誌の撮影に同行している時、ふと樋口が溢した言葉が晃汰に火をつけた。そこから現役同級生への連絡から店の予約まで、晃汰は鬼の速さで全てをこなす。そのあまりの神速さに、独り言として呟いた筈の樋口は恐れ慄いた。だがそこは晃汰の気遣いで、一言も樋口の名を出す事はなく、あくまでも自分が率先しての事と他の同級生達には説明した。

「なんかいいよね、同じグループの同級生ってさ 1人じゃないんだって、思うよね」

 二杯目のカクテルを手に取ると、樋口は染み染みとテーブルを囲む同い年達の顔を見渡す。期が違うとは言え、同じ年齢で同じ方向を向いている同士の存在はお互いの支えになっていた。ましてや、強力な異性の晃汰という存在が大きかった。清楚を謳う乃木坂に当初は期間限定で加入したにも関わらず、少数精鋭という概念に見事に心を奪われた彼は、AKSへの不信感も祟って完全に鞍替えをした。未だに48で世話になったメンバー達には申し訳ないことをしたと心の底では思っているものの、晃汰はどうしても乃木坂達と夢を見てみたかったのだ。

 夜も深まると、酒の酔いと個室という事も手伝って97年組は仕事の話よりもアイドルらしからぬ話をするようになった。それも専ら、唯一パートナーのいる晃汰になぞらえてのものだ。

「ぶっちゃけ、どれくらいの頻度で会ってるの?」

 一貫して彼氏ができたことのない山?アは、どうにも同僚の恋事情が気になってしまう。略奪など野蛮な事は頭に無いが、自分が体験したことのない世界に山?アは物凄く興味が湧いた。

「数ヶ月に一回ペースかな…最近は俺も忙しくなってきたしで、なんやかんや会えてない」

 慣れっこだよと付け加え、晃汰は小さく笑う。

「よく我慢できるよね、ほんと」

 お色気担当の樋口が意味深な一言を発すると、周りは余計な想像を働かせた結果の笑いを堪えるのに必死になる。

「いや、結構しんどいよ本当に。まだ俺は相手がいるからいいけど、お前さん達には本当に頭が下がるよ」

 あえて明言はしないものの、晃汰がどんな意味を持った内容を言っているのかは、同級生達の想像に容易かった。そこから話題は、その路線へと入っていった。女社会だから多少なりとも男性が話すその話題よりも深入りした内容をメンバー間で話す事もしばしば。また、加入した年齢によって経験の有無も様々で、手すら繋いだことがない者も珍しくなかった。今夜集まった連中の中でも、前述の通り恋人の存在を知らない山?アや、中学生の頃に加入した樋口と星野もその類いである。

「早いから偉いとか遅いからダメとかさ、そんなの関係ないって。本当に好きな人と出会ってさ、それからってのが最高だよ。年齢なんて関係ないって」

 二十歳も過ぎて早い人は結婚をし始めている年齢の中、職業柄で純潔を守っている三人は焦りを吐露した。そんな彼女たちを、晃汰は偉そうに諭す。高校時代に付き合った事がある佐藤は何処か申し訳なさそうに肩を竦めたが、そこは他の同級生が上手くフォローを入れる。経験の有無なんて気にしないし、加入前の恋愛などどう咎めろというのか。晃汰やメンバー、更には上層部もそのスタンスはいつだって貫いている。だからここまでオープンに、自分の過去を明かす事ができるのである。

「けど、晃汰が初めてかな?乃木坂っていう肩書きを分かっていても、下心無い男の子って」

 山?アにしたは独り言として言ったつもりが、同級生の全員がそろって首を縦に振る。

「やっぱりそうだよね!大学の同級生とか、あからさま過ぎてさ…」

 そりゃあこんな可愛い同級生がいたら、狙うって。玉砕していったであろう同級生達に同情しながらも、晃汰は何も言わずにカクテルグラスに口をつけた。目の前では、やはり溜まっていたであろう同僚達の鬱憤がツラツラと溢れ出ている。

「加入したての頃は何にもなかったのに、乃木坂が売れ始めると声かけられるようになったよ。誰々のメアド教えてとかさ、ほんっと失礼しちゃう」

 プンプンという表現がこれほど似合う言動もそうは無い、星野は頬を膨らませて腰に手をやる。晃汰は未だに彼女が同い年とういことに納得できていない。

「ワタシハカニュウシテスグデシタ。ヤッパリ、シライシサントカノアドレスクレッテ、イワレマシタヨ」

 苦い思い出があった佐藤も、気づかぬうちに前傾姿勢になる。当時は乃木坂として話しかけてもらうことに達成感を感じていたが、それは先輩が作った歴史があってこそ。自分に話しかけてくるのは、その歴史へ到達する"手段"が欲しいからと気付いたのは割と早い段階だった。

「俳優さんとかでも、たまにいるもんね。本当信じられない」

 あまり怒ることのない樋口も、珍しく今夜は怒りを露わにする。またも頷く面々からして、他の連中も同じような被害に遭っている事が晃汰は察した。何処のどいつか聞き出したかったが、そこまでいちスタッフが介入する部分ではないなと、彼は最終的に自重をした。

「下心なんて、あるにきまってるじゃん」

 四杯目のカクテルであるピーチフィズをひと舐めし、晃汰は少し伏せ目がちに口を開いた。これだけ可愛い同世代がいるなかで、下心を隠し通すなど無理がある話だ。それを煽るように、様々なメンバーは彼に対してある種のアプローチをかけ続けている。嫌われるよりかはマシだと自身に言い聞かせながらも、二十歳を過ぎて全開な晃汰は自制するので精一杯だ。

「うわ、変態」

 お決まりの台詞は樋口が担当した。お前さんには言われたくないな、和テイストなエロさを兼ね備える樋口に対して、晃汰は喉までその言葉が出かかった。

「けど、その前に前提として同僚だしチームメイトだし、戦友だからさ。一緒にベッドで朝を迎えるよりかは、ステージの上で演りあっていたいってのが本音かな」

 目元を擦った指先を見つめるクセが彼に出始め、同級生メン達はそれが本音であると確信する。元々晃汰に対して、抱かれても良いとさえ思っていた連中は、晃汰を異性を超えた存在とさえ思い始めている。衣装で男性目線の意見を取り入れる時や、私服選びに悩んだ時などには、積極的に晃汰に意見を求めた。そうした信頼と実績が、晃汰の入寮を運営側が押し進めた要因の一つである。

 全員集合の時刻から始まった飲み会は、気づけばずっと同じ店でシンデレラの魔法が解ける時刻を過ぎていた。ここは男気を発揮した晃汰が全ての会計を済ませたが、気が収まらない女性陣は二軒目に向け、スマホでリサーチを始めていた。

「今夜はとことん飲むよ」

 そんなキャラだったか?とツッコミたくなる山?アの言動に驚きながらも、晃汰含め他の連中も山?アの後を追って午前三時の闇に溶けていった。

Zodiac ( 2020/07/27(月) 07:04 )