乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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C 東雲
二十五曲目 〜Waiting For You〜
 久しぶりの飛行機はどこか、自身をデキる男に仕立ててしまうような感覚に晃汰は陥っていた。新幹線や特急とは違う、もっと上の優越感。手荷物検査を終えてタラップを渡るときに見る景色が、晃汰は飛行機に乗る中で一番好きだった。

 飛行中の晃汰の行動パターンは、大体決まっている。まずはスマホで今後のスケジュールを確認する。電波を切っていても落とし込んだデータで如何様にも確認することができ、あわせて手帳の確認も怠らない。そして予定が把握できれば、iPadを机に置いて楽曲作りに励む。本業のギター以外のリズム楽器を、思いつくままにテンポに合わせて刻んでいく。生演奏に拘りを持つ晃汰はこうして机上で作る音源を、楽曲を作り上げていく上での“地図“と位置づけし、レコーディングまでの仮歌としている。今まで彼がデジタルのみで作った曲が無いのは、そういった信念からだった。

 時間にして約二時間のフライトを終え、晃汰は長崎に降り立った。夜中の空港は人気が殆どなく、ふと出てしまうくしゃみが辺りに響き渡るのではないかと言う程である。そんな中を僅かな手荷物を担ぎ、晃汰はGlorious Days(布袋寅泰)のイントロのように足音を響かせながら歩く。そこからタクシーで高速を飛ばして一時間弱、晃汰は大通りから少し入った所で車を停めた。目的地の真ん前まで行ってもらおうとも考えたが、少し心の準備をする時間が彼には必要だった。支払いを終えると、僅かな荷物を再び担いで住宅街へと歩を進める。

 何度も同じルートを歩いているはずなのに、今夜だけは道のりが遠く感じられた。早く会いたいという焦りなのか、森保がどういう表情で迎えるのかという不安感なのか。どちらにせよ、晃汰は一歩ずつしっかりと森保家に近づいていく。

「久しぶりだな、まぁ入れ」

 深夜のギタリストを出迎えたのは森パパだった。不器用ながらも愛のある言葉に晃汰は一礼すると、森パパに続いて靴を脱ぐ。

「すみません、こんな夜中に…」

 リビングで待っていた森ママにも挨拶をすると、持ってきた土産を渡した。要らないのに、と謙遜しながら受け取る森ママだが、内心ではギタリストを相変わらず気の利く男として、更に彼の評価を上げた。

 その後、数分の雑談を終えると森パパから森保の部屋へ行くよう、晃汰は促された。最重要事項と言っても過言ではない彼女との時間を、晃汰は待ち焦がれている。最後に二人に頭を下げるとリビングを出て森保の部屋に向かった。扉の前で大きく息を吐くと、三回ほど拳でドアを叩いた。

「入って」

 乾いた声がドア越しに聞こえ、晃汰は意を決してドアノブを捻った。恐る恐る室内の状況を確認しながらドアを押し開けようとするも、すぐに森保は晃汰に抱きついた。

「待てよ、ちょ待てよ…」

 森保の絡みつくような抱きつきに、晃汰はそのドアを力一杯閉めるのがやっとこだった。

「ねぇ私の名前、フルネームで言ってよ!」

 今にも泣き出しそうな顔で、森保は晃汰に叫んだ。これが俺が愛した女、記憶よりも先に全身の細胞が教えた。

「森保まどか。俺が愛してる女は、森保まどか…」

 自分の胸に彼女を抱き込むと、晃汰は耳元で何度も最愛の名前を連呼する。森保の涙腺はとっくに決壊し、止める事ができるのであれば晃汰の熱い抱擁ぐらいである。待たせて悪かった…晃汰は森保の頭蓋骨が割れてしまうのではないかというほど、強く彼女を抱きしめた。

 泣き止んだ森保に正気を取り戻した晃汰は、ベッドに寝転んで頬を寄せ合った。久しぶりの体温が、空白だった時間を埋めていくようである。

「記憶が飛んでる時のことも、所々飛んじゃってるんだよね…ややこしい話なんだけどさ」

 組んだ掌に頭をのせる晃汰の腕を、森保は腕枕として扱って彼の鼻を突く。

「けど、もうこんな悲劇のヒロインは嫌だな。不安しかなかったもん、ハッキリ言って」

 淡々と当時を振り返る晃汰に対し、森保は相槌を打ちながら頬をピッタリと合わせる。髭を剃ってよかったと、晃汰は猫のように甘えてくる森保の髪を撫でた。流れるようなロングヘアが指の間を通り抜け、晃汰は自身がロングヘア信者であると再認識した。

 二人はそのまま夜を明かした。着ていた服を脱ぐことなく、お互いの鼓動で孤独を忘れ、そして朝を迎えた。

「おはよう、お寝坊さん」

 眩い朝日と共に眼に入ってきたの、自身の顔を覗き込む天使の表情だった。

「おはよう、エンジェルちゃん」

 軽いキス、晃汰は世界が背いても彼女を離しはしないと再び心に誓った。

■筆者メッセージ
やはり所々、いろんな曲の歌詞を混ぜるのが楽しいです。
Zodiac ( 2020/06/25(木) 18:43 )