C 東雲
二十二曲目 〜Crash Complexion〜
 豪快なエンジン音とスキール音が熱くなったアスファルトに跳ね返り、その上を容赦なく何台ものマシンが通り過ぎていく。仕事に熱を入れ始めてから久しく来ていなかったサーキットに、晃汰はチューンアップした愛車とともに現れた。週末のサーキットは走行会やレースが行われており、密かに取得したB級ライセンスを以って晃汰はサーキットトライアルへと参戦するのだ。

「タイヤ変えるぞ!」

 案内されたパドックに86を停め、晃汰は助手席の竜恩寺に発破をかける。

「言われなくても分かってら」

 半ば強引に休日を返上させられて不機嫌な竜恩寺は、それでもぶつくさ言いながらトランクから四本のタイヤとガレージジャッキを取り出す。その間に晃汰は耐火スーツへと着替え、気持ちのスイッチを入れる。

 係員による車検をパスし、晃汰は竜恩寺に愛車の最後の点検を託してミーティングルームへと向かった。

「やってらんねぇよ!なんで休みの日に、人のレースに駆り出されなきゃなんねぇんだよ」

 フロントだけジャッキアップを終えた竜恩寺は、まだ機嫌が治らない。有名焼肉店での夜と引き換えにされて渋々OKを出したものの、いざ一人でタイヤ交換をし始めると抑え込んでいた何かが溢れ出す。それでも竜恩寺は相方の為、尚もぶつくさ言いながら十字レンチを手にした。

「1時から出走だって」

 ミーティングを終えた晃汰は、冷えたコーラを片手に戻ってきた。諸々の準備を終えていた竜恩寺にコーラを手渡しながら、配られたスケジュール表を眺める。

「それぐらいには連中も来るだろう」

 殆ど一気飲みした竜恩寺は、自身の腕時計を見る。それから連絡が来ていないかと、ポケットからスマホを取り出すが、画面には何も通知はなかった。

「来るなって言ったんだけどな」

 晃汰は腕を組んで肩を落とす。人にレースを見られる事は嫌いではないが、ただでさえ目立つメンバーを何人も観客席に置きたくはなかった。何処からか漏れたレースの話に、乃木坂としての活動が落ち着いてきた白石が参加者を募ってしまう事態だった。晃汰は今の今でもその件に関してはよく思っていないが、白石の上目遣いを思い出してしまうと無下にはできなかった。

 コースでは違う組の走行が行われており、比較的レベルの高い戦いが繰り広げられている。負けん気が強い晃汰はその様子を凝視する事はなかったが、要所要所で披露される高度なテクニックには眼を奪われ、そして何かを得ようとしていた。車種やチューンアップの仕方はてんでバラバラだが、コースを早く走り抜けるには共通したドライビングスキルが要求される。この日の為にテレビゲームで散々イメージトレーニングに勤しんできたが、本物はそうは問屋が卸さないことなど百も承知である。そんな中でも晃汰は、ズラリと並ぶ他のマシンを見渡すも、自慢の愛車が一番速いと自負する。

 出走一時間前、竜恩寺に呼ばれて晃汰はスタンドへと足を運んだ。徳長の運転で何名かのメンバーが来ており、言い出しっぺの白石に梅澤、中には車に興味のある佐々木の顔まであった。

「あんまり目立つ事、しないでくださいよ」

 迷惑そうに眉をひそめるが、内心では素直に嬉しかった。F1やSuperGTでも同様、華を添えるレースクイーンの存在は欠かせない。露出の多いクイーンよりも、私服のメンバー達の方が晃汰にはよっぽど眩しく見える。

「わかってますよ。それよりも、優勝してくださいね?」

 例によって山下が、レーシングスーツ姿の晃汰に食ってかかる。またお前かと、晃汰は更に表情を渋める。

「当たり前だろ、優勝以外なんて考えてねえよ」

 晃汰の発言が強気ではなく本気な事は、彼の性格をよく知る山下含めメンバー全員が感じていた。眼の色が違う、ライヴ直前と同じような氣を纏った眼である。

「じゃあ優勝したら、何か奢ってな?」

 食べる事しか能のない松村は、相変わらず色に関することにしか興味がない。

「普通逆じゃないですか?ホールインワンスタイル?」

 思わず晃汰は吹き出してしまった。逆でしょ、絶対。何度も頭の中で繰り返した。アイドルよりも芸人になることを松村に勧めたかったが、腕時計を見ると良い時刻となっていた。そこで晃汰は面々に背を向け、グランドスタンドを後にした。すっかりメンバーに勇気付けてもらったレーサーは、マシンの最終確認を終えてコックピットに乗り込んだ。

 シグナルが青くなると同時に音が流れ、白のS2000に続いて晃汰の紅い86はコースインした。マシンナンバーは晃汰がオーダーした通り、46である。

「ほら、丸ちゃんの番やで!」

 白石についてくる形での参加だった松村だが、いざレースが始まると人一倍大きな声を出した。

「あ、46番なんだ!」

 佐々木と戯れていた北野が、晃汰のマシンに貼られたナンバーシートを見つけて指差す。同僚の粋な計らいに、面々は立ち上がって声を張り上げた。

 レッドゾーン付近まで回しているのにも関わらず、やけに観客の黄色い声がよく聞こえる。さほど気にはならなかったが、周回を重ねるとそれは自身に向けられたものだと晃汰は納得した。観客席で同僚達が立ち上がってこちらに手を振っており、どうやらそこからの声だったのだ。

「目立つなってのに…」

 フルフェイスヘルメットの中で吐き捨てるも、晃汰は彼女達の応援が嬉しかった。出来ることなら期待に応えてやりたい、ミラーで周囲に他のマシンがいないことを確認するとアクセルを床まで踏みつけた。

 久しぶりにしてはまずまずの結果を残し、第一ヒートを終えた晃汰はパドックへと戻ってきた。待ち構えていた竜恩寺が排熱の為にボンネットを開け、グリル部分にサーキュレーターを回す。晃汰は自身のクーリングの為に、クーラーボックスでキンキンに冷やしておいたコーラーを一気飲みする。

「タイヤとブレーキ、たれったれだぞ!こんなの、第二じゃ使い物にならないぞ」

 車両側面に移動した竜恩寺は、溶けたゴムが至る所にこびりつくタイヤを指差す。

「そりゃ、ホームストレートからブレーキングすりゃあそうなるだろ」

 一本目を飲み切った晃汰は、続いて二本目のコーラを開ける。

「もっとタイヤをいたわって走れっての…」

 触れば火傷するくらいに熱くなったタイヤを横目に、竜恩寺はスケジュール表を手にした。

「次は一時間後くらいだな。ちょっと皆のとこ、顔出してくるよ」

 そう言って観客席に向けて歩き出した竜恩寺の背中を追うこともせずに、晃汰は持参した折りたたみ椅子に腰かけて一回目の走行を振り返る。自分よりも排気量の大きい車に抜かれることはへとも思っていないが、その逆はこれ以上ない屈辱である。基本的に排気量と比例して馬力も上がるが、過給機を付けてしまえば小さな排気量でも大きな力を得ることができる。晃汰はそれが許せなかった。あくまでもNAエンジンに拘る彼は、過給機チューンを1ミリ足りとも考えたことはなかった。だから先ほどの走行でも、小さな排気量の大きな馬力の車に抜かれることが、晃汰にとっては残酷なものだった。

「次の走行も見てるってさ、あの人たち」

 観客席から引き上げた竜恩寺は、メンバー達から差し入れられたスポーツドリンクを晃汰に渡す。

「まったく、暇な連中だぜ」

 皮肉を吐き捨てると同時にドリンクの封を切る。そのドリンクを二口飲むと、観客席に陣取ってるメンバーを晃汰は遠目で眺めた。

「そろそろか」

 腕時計の時刻で晃汰は椅子から立ち上がると、軽くストレッチをしてマシンに乗り込む。竜恩寺はトルクレンチを手にし、四つのタイヤの締め付けを確認する。些細な欠陥が大きな事故になるとあり、竜恩寺は入念にナットを締める。

 竜恩寺のサムズアップに、同じようにサムズアップ更には敬礼といったトムクルーズを模倣した動きで晃汰は応える。そして案内係の誘導がかかり、コース横のピットインコーナーに待機する。シグナルが変わる前の異様な緊張感に包まれるが、晃汰はその緊張を楽しんでいる。窓の外では場内アナウンスが流れ、先ほどの走行を評している。86は準備万端とばかりに、一定のアイドリングを続ける。一台前は第一ヒートと同じく、白のS2000だ。その時の熱い戦いが脳裏に蘇り、晃汰はついハンドルを握る手に力が入ってしまった。

 サイレント同時に青シグナルとなり、仲良く順番にコースインしていく。同じような排気量の車たちしかいないが、一瞬でも気を抜いたら置いて行かれそうなほどだ。そんなギリギリの駆け引きがレースの醍醐味である。第一コーナーをやりすごし、晃汰はアクセルを踏み込む。

「あ、晃汰さん出てきましたよ!」

 お菓子とお喋りに夢中になっていた面々の中で、山下が一番最初に真っ赤なマシンに気づく。他の連中も動作を中止して、晃汰の応援の為に立ち上がった。その様子は、1周目を終えようとするホームストレート上で確認できた。メンバーたちに向かって左手の親指を立て、第一コーナーにトップスピードで突っ込んでいく。

 周回を重ねるごとにラップタイムは縮まり、他のマシンとの鬩ぎ合いは激しさを増す。例のS2000はとっくにバックミラーから消えているが、S15シルビアが晃汰の前を譲らない。苦戦を強いられている事を理由に、彼は前を走るシルビアをspec.Rと言われるターボ車だと決め付けた。同じ排気量でもここまで違うのかと、晃汰は少しだけターボの恩恵を羨ましくなった。

 ターボへの反発心とメンバー達に良いところを見せたいと言う虚栄心から、晃汰はいつものペース以上に速度を上げていた。それは入院中につけたスロコンの威力も手伝ってのことである。

 5周目を終えて6周目に入った第一コーナー、相変わらずシルビアの尻を追いかける様な状況の晃汰は、ターボラグのある相手を右コーナーの立ち上がりで出し抜こうと考えた。トップスピードからブレーキングし、コーナー途中のクリップポイントでアクセルを開けた。明らかに差が縮まり、晃汰はまだターボが威力を発揮する回転域に達していないシルビアを追いやる。だが相手も必死で、道を開ける事などしなかった。そんな様子に腹を立てた晃汰は、次に続くキツイ左カーブの前に追い抜こうとアクセルを踏み込む。負けじとシルビアも回転を上げるが、86が先に鼻を出した。

 速度をそのままにアウトをとったまま左カーブに差し掛かり、ブレーキングを数回に分けて行う。その瞬間、イン側にいたシルビアがあろう事か、晃汰の走るアウト側に寄った。咄嗟にカウンターステアを当てて接触は避けられたものの、挙動を乱した紅いマシンは制動力を失ってコースアウトしバリアに突き刺さった。近くのオフィシャル(審判)がすぐに黄色旗とセーフティカーの表示を掲げた時には、86から白煙が上がっていた。

■筆者メッセージ
またお久しぶりになってしまいました。
Zodiac ( 2020/06/09(火) 18:02 )