乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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B 黄昏
十六曲目 〜Glorious Days〜
 帰りの車内でも、行きと同じように大いに盛り上がった。様々な瞬間を共にしてきた二人だから、話題が尽きることはない。晃汰はいつもより86が軽く、そしてパワーアップしたように感じた。アクセルを開いた時のレスポンスが、いつもよりも軽快なのはきっと気分のせいなのだろうと、晃汰は愛車の機嫌を汲み取った。

「明日からまた仕事だ〜」

 シートに目一杯持たれた白石は、半目になりながら不満を吐き出す。それは運転手にも同じことで、連休をもらった事など年に数える程度しかない。それを使ってまで熱海に来た甲斐は、二人にとっても十二分にあったわけではある。

「俺もだよ。ま、明日はメンバーと同行だからいいんだけどね」

 既に頭の中は仕事モードに入りつつある。明日の予定、動き、誰と、事細かにインプットされた情報が瞬時に呼び出され、そして時系列として完成される。これが人間手帳と言われる晃汰の特殊能力である。それでもまだ旅行の余韻から抜け出せていない彼は、明日以降の予定を思い出すことを避けたかった。今は熱海の匂いを思い出しながら、白石との時間を楽しんでいたかった。

 往路と同じく港北パーキングに入り、晃汰は白石をトランクに寝かしつけた。周りに人はいないが、それでも何か犯罪を犯しているような気にさせられてしまう。それは悲しげな白石の眼も手伝ってのことだ。どうせ運転中のツーショットを撮られたところで幾らでも言い訳はできるが、最後の花向けとして晃汰は白石の"純潔"を守ろうとした。

 やがて紅い車は晃汰の自宅へと無事に到着した。時刻は夕暮れだった為、二人は少しのティータイムを過ごして、別の車に晃汰は運転席、白石は後部座席の足元へと乗り込んだ。丸山家の共用カーとして新たに購入された、メルセデスのGLCクーペだ。

 白石が住むタワーマンションは中目黒にあった。成功者が数多く住むこの地区で、白石はセキュリティのしっかりとした物件を探し当てていた。家賃はおよそ並大抵の会社員には払えない額だが、それと引き換えに最新鋭のセキュリティを誇る。そんな街だから、晃汰が運転するGLCは至って普通の大衆車に成り下がってしまう。GLCが劣っていると言うわけではなく、周りを走る車が桁違いなのだ。それでも、東京の雑踏の中を走り抜け、どこか晃汰はその景色に美しさを見出していた。

 何度も彼女の家へ来ていた為、晃汰は案内も無しに白石のマンションの地下駐車場まで辿り着くことができた。

「寄ってく?」

 窮屈な姿勢から解放された白石は、自分の部屋がある方向に向かって親指を向けた。

「いや、これ以上一緒にいたら離れられなくなる」

 晃汰は正直に話した。心から来る本音を。それを察し、白石もそれ以上彼を誘うことはなかった。完全にオフな旅行の為、土産物は一切ない。白石は、持ってきた時と同じ量の荷物をトランクから下ろした。だが心に関しては、若干軽くなったのは事実である。晃汰に対しての未練が無くなったのだから。

「楽しかったよ、じゃあね」

「じゃあね」

 駐車場に誰もいないことを確認し、二人はハグをした。お互いの匂いと共に昨夜の光景がフラッシュバックしたが、意を決して二人は分かれた。そして晃汰は柔らかな笑顔を最後に、真っ白のSUVへと乗り込んだ。AMG仕様の3ℓV型6気筒エンジンは点火と同時に唸りを上げた。そしてエンジン音が一段階小さくなると、ゆっくりと白石から離れていった。その瞬間、白石の頬に雨が降る。

「君の夢に、俺は男と女として存在しちゃいけない。それは麻衣ちゃんが1番分かってるでしょ。…許してくれ、君とは一緒にいられない」

 部屋に帰ってきた白石は昨夜、晃汰が吐露した想いをリフレインした。彼の気持ちは分かっていたし、結末も覚悟はできていた。それを分かった上で白石は、晃汰の本心を聞いてみたかった。そして彼と交わりたかった。あわよくば、自分の夢に手を重ねて欲しかった。もし結果がそうなったとしてもだ。
 しかし結果はその通りだった。素直に答えを聞いてしまった方が寧ろ、哀しみが増幅された。全てを知っているスーツケースもバラさず、白石は自身のベッドで枕を濡らした。そのサイドテーブルには、いつかのライヴで撮った晃汰とのツーショットが飾られていた。そのフォトグラフは何も知らず、屈託のない笑顔の二人が写っている。過ぎ去ったあの日々に戻る事ができないと、白石は自分で決めた卒業の重みを改めて思い知った。



 白石のマンションを出た晃汰は、真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかった。彼女が告白してくる事など予定調和だったが、いざそれを退けるとなると話は別だった。ましてや身体を交えた直後など、断るには勇気のいるタイミングだった。けれども晃汰はキッパリと、白石にNOを伝えた。彼女の夢に賛同し、協力したいと言う思いは晃汰にはある。だがそれはギタリストという立場あってのもので、男女の関係と言うわけではない。白石の夢に自分は共存できない、晃汰は細胞が教えてくるのを聞き逃さなかった。
 首都高の人気のないパーキングエリアに、晃汰は吸い込まれるように入った。疎らに配置された街灯が駐車場を照らすが、暗闇が無いわけではない。晃汰はその暗闇の中のベンチに腰掛け、スマホを手に取った。白石とのLINEを開き、アルバムのページを眺める。あの頃に戻れないと考えると、晃汰は無性に切なくなった。恋人になりたい訳ではなく、白石の身体が欲しい訳ではない。ただごく普通に現場で他愛のない会話を交わし、ライヴではギタリストとヴォーカリストの立場にいる。それがもう出来ないとなると、晃汰の頬に雨が降る。白石が自身に関係を迫った真意が、晃汰には理解できるようだった。

 幾分落ち着いた晃汰は深呼吸をひとつして、車に戻った。豪快なエンジン音は気落ちした運転手を励ますかのようで、晃汰はそんな気遣いができるドイツ車のハンドルを撫でた。そしてナビとスマホを無線で繋げると、晃汰は今の心境にピッタリな曲を流した。英詩だがライヴではかなり盛り上がる曲で、晃汰もお気に入りのものだった。





"許して欲しい
今でも君のことが、気掛かりだけど
過ぎ去った、あの日々は、戻りはしない
戻りはしないんだ・・・"

■筆者メッセージ
これは狙いました。寄せました笑 恐らくほとんどの方がご存知ないかと思います、布袋寅泰 glorious days と調べてみてください!
Zodiac ( 2020/04/29(水) 11:43 )