十三曲目 〜その先〜
「楽しかった〜!」
はつらつとした笑顔の白石が、先に客室に入った。
「そりゃ、あんだけ写真撮って好き勝手やってんだからなぁ」
続いて入る晃汰も、満更でもない様子である。
「ほら、飲みなおすよ!」
既に白石の手には、今度はウィスキーの瓶が握られている。晃汰は一瞬だけ顔を引きつかせたが、今夜ばかりはと白石が座るソファに腰掛けた。
テレビもつけず、二人は酒と雰囲気を味わう。氷どうしがぶつかる音、グラスをテーブルに置く音、足を組み替える音だけが二人を包む。
「私ね、卒業したら絶対にやりたい事があるの」
一杯目を飲み干した白石は、隣でグラスを傾ける晃汰に眼を合わせた。
「ソロシンガーとしてデビューして、晃汰を専属のギタリストにしたいの」
思わず晃汰は吹き出しそうになった。あまりにも現実味がない白石の言葉に、晃汰は自嘲を含めて叶わない事と真っ先に判断した。
「その時に俺が復活してればね?」
それでも否定はせず、あくまでも可能性としての程度で留めた。せっかくの彼女からの"依頼"を即決してしまうのは、あまりにも失礼だと晃汰は思ったからだ。そんな返答でも、白石は嬉しそうに頬を緩めた。空になった彼女のグラスに晃汰がウィスキーを注ぐと、すぐにひと舐めして芳醇な味を楽しんだ。
その後、二人は様々な事について文字通り語り合った。乃木坂の今後、お互いの今後、そして結婚観について。
「35ぐらいまでには結婚したいし、子どもも欲しいな」
杯数を重ねても、今夜の白石は潰れることはなかった。自分の将来を真剣に語るその目は、いつにも増して澄んでいるように晃汰には見えた。やはり我慢していた恋愛、そして一度は夢見た保育に関する話題のせいかなと、晃汰は白石の過去を詮索した。
「まさかここまでアイドルやれるとは思ってもなかったよ」
突如として白石の声色が変わったのを、晃汰は聞き逃さなかった。境地に達した眼をするものの、どこか寂しさを醸し出していた。晃汰には白石の気持ちが察せられた。
「そんな顔するなら、今から撤回しちゃえばいいじゃん」
晃汰はわざと突き放した。同情など彼女が求めぬことぐらい、容易に察しが付いていたからだ。
「けど、これは私が決めた事。もう後にも引けないし、引くつもりもない」
やはりな、晃汰は彼女らしい返答を受けて納得する。それほどまでの決意ができているのであれば、乃木坂の肩書が外れても一人でやっていけるだろう。晃汰は小さく頷きながら、グラスに残っていたウィスキーを飲み干した。
夜も深まると、欠伸の回数が多くなった。明日も運転する事を考えると、晃汰はそろそろベッドに入ろうかと考えた。隣の白石も、どうにも瞼が重そうである。
「寝よっか」
晃汰は立ち上がるも、白石からはなんのリアクションもない。せっかくのオフを邪魔しては悪いと思い、晃汰は一人で洗面所で歯を磨いた。リビングへと戻ってくると、幾らか意識が戻り始めた白石が立ち上がった。
「私も歯磨いてくる」
眠気の割にはしっかりとした足取りで、白石も洗面所に向かった。晃汰は一旦先ほどまで座っていたソファに再度座り直し、白石が戻ってくるのを待った。洗面所からは水音が聞こえてくる。やがて、髪を頭の上で纏めた白石が戻ってきた。歯を磨くにしてはやけに時間がかかったのは、メイクを落としていたせいだと、晃汰は薄くなった白石の目元と眉から察した。
「お待たせ」
初めて見せるすっぴんに恥じてか、白石は頬を紅潮させている。そんな彼女に酒も入っているせいか、オスの部分が顔を出しそうになった晃汰は平生を装い、返事をしてベッドに入ろうとした。
「ねぇ晃汰?」
呼ばれた方に振り向くと、視界は一気に天井で一杯になった。それから白石の顔が登場した。両肩の衝撃と自身の身体にかかる白石の重みで、晃汰は白石が取った行動を察した。そして、これから始まるであろうストーリーも頭の中で構築できてしまった。
「据え膳食わぬは男の恥だよ」
白石は真下にいる晃汰の眼を、真っ直ぐと見つめる。晃汰はこんな状況でも余裕の表情である。
「膳じゃなく石だったら?」
おどけてみせる晃汰に、白石も笑顔になる。
「そんな石も、今が食べ頃だよ?あとちょっとで乃木坂のブランドは無くなっちゃうけど」
白石は更に眼を細める。
「二人っきりって聞いた時、覚悟はしてた。けど、俺から誘うようなことはあってはいけないなと。だからソウイウアイテムは持ってきてない」
柔らかい表情から一転、晃汰は大人の顔をした。
「最初から決めてた。私の9年間を壊してほしくて、アイドルじゃなく一人の女にしてほしいって」
白石は息を呑むと、晃汰にプレッシャーキスをした。
「良いのかよ、こんな奴に捧げて。清純を謳ってるアイドルが聞いて呆れるぜ?」
いつものように、晃汰に勝気な目が宿った。白石からのキスは、歯磨き粉の味に微かにウィスキーの匂いがした。
「卒業旅行が、セカンドヴァージン卒業旅行になっちまうぜ。何処ぞのAVだよ」
ジョークを飛ばす晃汰だったが、彼が色々と限界なのは真上の白石にもわかっていた。
「そんなAVみたいな状況だよ?」
白石はニコッと微笑むと、腕を畳んで晃汰の身体に自身の身体を落とした。白石の重みに、柔らかな部分が密着させられた晃汰は、素直に白石の背中へと腕を回した。
「抱いて」
耳元で囁かれた言葉が、晃汰に踏ん切りをつけさせた。