見えない味方のために
晃汰はふと、齋藤の家に集まって4人で泣き明かした夜を思い出した。買って行ったアルコールはみるみる空けられるものの、誰一人として酔うことができなかった。アルコールの力に頼って全てを忘れたい夜なのに、転がるのはグラスだけ。
誰かしらの卒業では決まって涙を流すが、誰かの卒業で年齢も性別も関係なしに抱き合い、泣き合ったのはあれが初めてだったかもしれない。公表されて卒業ライヴも決まり、いざ卒業ソングを作ろうと籠ったスタジオでギターを弾く手が止まる。それは齋藤の卒業だけが引っ掛かっているのではなく、悲しみに震える早川の手も相まっていた。それでも齋藤には気持ちよく卒業をしてもらいたく、メンバーや裏方を含む齋藤以外の人間は決まってこの話題を彼女の周りから徹底的に排除した。
全ては齋藤飛鳥の為に…
◇
『曲ができたから、聴かせたい。赤坂のソニースタジオ来れるか?』
撮影を終えて手にしたスマホに、晃汰からのメッセージが表示されていた。
次の仕事は無い、即ちこの仕事で今日は終わりであり後は自分の時間である。
「私、赤坂のスタジオに寄ってから帰ります。晃汰が卒業ソング作ってくれたから…」
齋藤の訴えに少しだけ歳上のマネージャーは優しい眼で彼女に頷き、軽く握った拳を見せた。
基本的にメンバーをプライベートで男と会わせる事は御法度と定められているが、同僚であり且つ乃木坂運営も全幅の信頼を置く晃汰には、何も問題はなかった。それを分かっているから齋藤は素直に彼の名前を口にし、マネージャーも快く齋藤を晃汰のもとへと送り出せた。
変装と言える程の変装はしていないけれど、帽子と子ども用のマスクだけで意外とバレない。齋藤はそんな格好で珍しく電車を乗り継ぎ、グループ名になっているのに勤務先の最寄りでは無い乃木坂駅で降りた。辺りはもう既に真っ暗になっている。
「悪いな、忙しいのに呼び出しちまって」
スタジオの重たい扉を抜けると、とりあえずの佳境を越えてホットコーヒーで一息つく晃汰が出迎える。
「ちょうど仕事終わったし、忙しくなんかないよ」
スタジオチェアに荷物を置いた齋藤は晃汰に白い歯を見せると、大きく伸びをして身体をほぐす。晃汰の前では何故か、メンバーといる時と同じように心が安らぐのだ。
「それじゃ、聴いてよ」
自信満々の表情からも、会心の一曲ができたのだろう。晃汰の顔から齋藤は読み取った。
手渡された歌詞が書かれたコピー紙を眺めながら、晃汰にしては言葉数を詰め込んだデモテープを聴き入った。
「…この歌詞は、私をイメージしてくれたの?」
全てが終わると齋藤は、真っ直ぐな眼を晃汰に向けた。
「まぁ、そんなところかな。卒業ソングって、何重にもそういう伏線っていうか、思考をこらす癖が俺にあるから…」
少し恥ずかしそうに鼻をかいた晃汰は、少し温くなったコーヒーのマグカップに口をつける。
「ありがとう、なんか吹っ切れて卒業できそう」
そう言って齋藤は晃汰の頬にKISSをした。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
卒業に嬉しいものなんてあるだろうか、晃汰は本音と建前を使った。