乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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18 独りファシズム
密告
 乃木坂LLC事務所の一室で、齋藤の卒業ライヴに向けた最終段階の会議が繰り広げられ、そこには当然のように晃汰竜恩寺も首を揃えている。朝の9時から始まった会議は昼食を挟みつつ、午後も熱を帯びて進行している。予め配られていた資料に目を通していた二人だったが、口頭で伝えられる事の多さにペンを走らせる。

 そんな中、いつもは音楽監督と総合監督を兼任していた晃汰が、今回の二日間においては音楽監督だけに専念し、過去に乃木坂のライヴへ携わっていた演出家を再び招聘する事が発表された。事前の資料にも載っていたし、音楽に専念してほしいという今野の思いを直接聞いていたから、晃汰は特段に気分を害する事なくそれを受け入れた。正直、こなす事はできるがどちらともにフルパワーを振る事はできておらず、遅かれ早かれ自ら専念を申し出るつもりで彼はいた。

 午後3時を少し回って、会議は終わった。最終の確認を前提としていたのも手伝って、予定よりも大幅に遅れての閉幕だった。

「コーヒー飲み行こうぜ」

 大きく背伸びをした竜恩寺は、隣を歩く晃汰に提案する。

「NO3(ナンバースリー)行こうか」

 晃汰も腕を伸ばすストレッチをしながら応じる。

「私も行きます!」

「…何処から出てきたんだよ、賀喜」

 事務所に偶然立ち寄っていた賀喜が何処からともなく現れ、二人の間に割って入った。

「私もコーヒーが飲みたくって!」

 もう既に賀喜は二人の片腕に自身の両腕を巻きつけ、スリーショットの真ん中に収まっている。

「じゃあ、京介に奢ってもらってな」

 するりと賀喜の腕をすり抜けた晃汰は、二つ隣の竜恩寺を掌で指し示した。

 
 三人は事務所を出てすぐの所にあるカフェに入った。彼らを含む乃木坂LLCの連中も足繁く通うこの店は、手作りを謳い文句にしている事も手伝ってかなりの繁盛をみせている。例によって三人が到着した時も、オヤツの時間を過ぎているというのに行列が店を囲んでいた。

「こんにちわ」

 レイバンのアビエーターを少しずらしながら、晃汰は忙しなくレジを打つ店員の一人に挨拶をした。

「お!いらっしゃい!」

 レジを打っていた店長の三宮(さんのみや)は晃汰を見るなり眉を動かし、近くにいた別の店員に耳打ちをした。店の奥にある特別席に三人を通すためである。乃木坂関連の連中は三宮にヒドク気に入られていて、特に晃汰や竜恩寺においては夜な夜な酒を共にする間柄でもある。そんな事も手伝って、待ち列に並ばずともに芸能人パワーで三人は店の奥へと入り込んでいく。

「自分と竜恩寺はいつものヤツを…賀喜は、何にする?」

 何度もお気に入りをオーダーしているから、メニュー名を言わずとも二人の好みは通じてしまう。丸テーブルを一人掛けのソファで囲むうちの賀喜は、まだメニューと睨めっこを続ける。

「これにします!」

 元気よくハキハキと注文をした賀喜は、鼻歌を歌いながらソファに深く腰掛けた。

「なんの打ち合わせだったんですか?私のセカンド写真集ですか?」

 水を飲もうとグラスに手を伸ばした晃汰に、賀喜は尋ねた。

「んな訳あるか、飛鳥の卒業ライヴだよ。今回から、前にやってた演出家の先生が復帰するらしいぜ」

 引っ込めた手を再び伸ばしてグラスを持つと、晃汰は静かに水を口に含んだ。その時、視界の左側に座る賀喜の表情【かお】が曇っている事に気づく。

「あれ、これ賀喜の水だった?ごめん」

 慌てて晃汰がグラスを戻すも、賀喜の表情は晴れることはない。思い切って、晃汰は彼女の顔を覗き込む。

「どうした?体調悪いか?」

「…晃汰さん、その演出家の先生って、名前何ですか?」

 恐る恐る顔を上げた賀喜は、自身の顔を覗き込む晃汰に尋ねる。

「名前?確か…」

 賀喜の悪い予感は的中した。長年、乃木坂のメンバー達を苦しめた男が遂に戻ってくるのだ。彼女の頭の中にはその男の顔よりも真っ先に、最もと言っていいほど気に病んでいた早川の顔が浮かんできてしょうがなかった。

 そんな賀喜の様子を受け只事ではないと悟った二人は、静かに扉を閉めて個室にした。

「話してくれ。辛くても、知ってる事を全部…」


Zodiac ( 2023/10/04(水) 18:34 )