想いに今熱いKISS
マンションへ戻ってきた五人は車を停めると、そのまま晃汰の部屋に入った。竜恩寺を含む他の連中も今朝は晃汰の部屋に泊まると決め込んでいるが、久しぶりのお泊まり会だと言うのに舞い上がってる奴など誰一人としていない。
「与田」
リビングでようやく寛げると思った矢先、梅澤が与田を呼んだ。その瞬間、乾いた破裂音が部屋中にこだました。
「何やってたの?二人で」
頬を抑えて倒れ込む与田に、なおも梅澤は問う。その様子を見て止めようと一歩踏み出す山下を、晃汰と竜恩寺は手を伸ばして止めた。
「二人で、個人トレーニングしようって言われて…」
「こんな真夜中に?しかも二人っきりで!?バカなんじゃないの!?」
もう一発と振り上げた梅澤の細い腕を、晃汰はしっかりと握って止めた。
「一発で充分だ、梅。少しは与田の言い分も聞いてやれ」
言われれば引くしかなく、梅澤は何か言いた気に唇を噛んで俯いた。
「良い子だ。…それで、今夜っていうか昨夜か、何があったんだ?頼むから、俺らにだけはウソをついてくれるな」
梅澤の頭をポンポンと撫でると、表情を変えずに晃汰は与田の方を向いた。
「ジムのトレーナーさんから、新しい機械が届いたからって是非一緒にトレーニングしようって言われて…それで、私一人で行ったんです。そうしたら、機械が届いたなんて嘘で、ジムに入った途端に襲われて…」
そこまで言うと、与田は顔を両手で覆って泣きじゃくった。
「パッと見、服もキチンと着てたしそれらしい残骸もなかったから、“疾しいコト“は無かったんだな?ただ、縛って口塞ぐとは、かなりな性癖を持ってたんだな、アイツ」
唇にだけ苦笑いを浮かべる晃汰を見て、竜恩寺も苦笑して首を左右に振る。
「怖かったので梅に電話したんです。そうしたらトレーナーさんが後ろから被さってきて…」
「分かった、もういい」
同僚の生々しい言葉をこれ以上受け入れる事ができず、晃汰は手のひらを振った。
「男って怖い生き物なんだよ、身に染みたろ。島育ちだから男女関係ないなんて常々言ってたけど、これで思い知ったな。お前は乃木坂なんだから今後、軽率な行動は慎め」
晃汰は気になって、チラリと梅澤を見た。言いたい事は全て代弁してくれて、さっきまでの彼女にあった殺気が幾らか薄らいでいた。
「…まぁ、無事に帰ってきてくれて良かったよ」
その日初めて見せた晃汰の笑顔に、与田は溜めていたものを溢れさせて泣きに泣いた。
自分が蒔いた種とは言え、怖かったのだ。生まれて初めて男性が怖いと感じ、自分の浅はかさも痛感した。このまま男に襲われる運命なのだと悟った時、晃汰が救出に来てくれた時の安堵感は今でも忘れられない。
与田は心底、KKコンビに梅澤と山下へ感謝してもしきれなかった。
心身ともに疲れている与田をバスタイムに追いやり、晃汰はソファでコーラを飲む。
「アレで良かったか?与田への説教」
同じくコーラを飲む梅澤に眼を合わせる。
「言いたい事言ってもらったので…私が言ってたら、もっとヒートアップしてました」
次期キャプテンと囁かれている梅澤は人一倍、乃木坂の秩序に敏感である。一期生が作り上げた伝統を自分自身の時代で崩すわけにはいかない、それだけを信じて自身を、そして同僚を律している。
「お前さんの言いたい事も痛いほど分かるし、俺の眼前で不祥事を起こしている不甲斐なさもある。ただ、与田が全部悪いわけじゃない。結局、自分の身は自分で守るしかない。そういう悪い臭いを嗅ぎ分ける嗅覚を、お前さん達みんなが身につけなきゃな」
壁にかけてある時計を見ると、まだ日が登るには時間がある。飲み干したコーラの缶を握りつぶした晃汰は、キッチンへ立った。
「君たちの布団出すから手伝ってくれ」
廊下へ通じるドアを開けながら、晃汰は顔だけを背後に向ける。ハイ、と言って梅澤と山下が立ち上がり、彼の後を追う。
ベッドルームに二人を入れてドアを閉めると、立ったまま晃汰は彼女達の眼を見て静かに話し始めた。
「与田の事、許してやってくれ。同期で罪を責めたい気持ちは痛いほどわかるけど、お前さん達まで敵になっちまったら、アイツの居場所がなくなっちまう。懲罰は受けてもらうことにはなるけど、どうかそれでアイツを受け入れてやってくれ」
頭を下げる晃汰を前に、二人は複雑な気持ちを抱いてしまう。偉大な先輩たちから受け継いできた“清純“を汚す者があるのは論外だが、それを擁護しようとする大人がいる事に対して、何故そこまで与田を庇う必要があるのか二人にはわからない。ただ、同期の絆は計り知れず、心の底では与田を許そうとする部分がある。正義感とプロ意識の塊のような二人だから、その差(ギャップ)はかなりのものである。
なおも口をギュッと結んで俯く二人に向け、晃汰は再び口を開く。
「たぶん、俺がお前さん達の立場でもそうなってたと思う。整理できなくて当然だ。ただ、どっちの気持ちも分かっちまう俺の気持ちも、少しは汲んでほしい」
そう言って晃汰は客人用の少し上等な布団を、それぞれ二人に渡した。
「与田出たら、お前達もシャワー浴びて来なよ。俺は朝寝をする」
二人を締め出した晃汰はベッドへ飛び込んだ。数時間のうちに情報量が多すぎる事案を解決し、尚且つそれが真夜中ということも手伝って疲労困憊なのである。その数時間後に仕事があると考えたくはないが、彼は少しの間でも現実逃避をしたかった。
◇
三回目の目覚ましで起きると、晃汰はすぐにリビングへと向かった。コトが起きて数時間しか経っていないというのに、身体は仕事へと向き始めている。
リビングには、二つしかない布団で仲良く眠る三人と、毛布に包まってソファで眠る竜恩寺がいた。三人はきっと和解できたのだろうとホッと胸を撫で下ろした晃汰は、キッチンに入ってお湯を沸かす。そして人数分のマグカップを戸棚から出して並べたところで、山下が起き出した。
「起こしちまったか?」
彼女が隣に来るのを待ってから低い声をかけた。すると山下は晃汰の左腕にピッタリとくっついた。
「あまり眠れませんでした」
「あぁ、俺もだ。アドレナリンが出ちまったんだな。ホットミルクでいいか?」
「朝のホットミルクなんて、最高ですね」
二つのマグカップをレンジで温め、リビングには行かずにキッチンで飲み合う。
「大変だよな、アイドルって。現役中に手出した俺が言える立場じゃないけど、本当にお前さん達は凄いよ」
カップを回したり吹きかけて冷ます晃汰は、数回の吹きかけのみで啜る山下を見る。彼は猫舌なのだ。
「私だって、聖人じゃないですよ。恋したい時だってあるし、デートしたい時だってあります。でも、それをやってしまった瞬間に、私の大好きな乃木坂に迷惑がかかってしまうから…」
これがプロか。晃汰は山下の頭を一度撫で、温くしたミルクを啜った。
「“妻帯者“だけど、俺で良けりゃいつでも付き合うよ」
「まどかさんにチクりますよ?」
「冗談だよ」
鼻で笑った晃汰は、再びミルクを啜った。