3分間のドラマ
「与田!何処にいるんだ!」
「与田!返事して!」
暗いジムの中に入るや否や、各々が与田を必死に呼びかける。
「ここだ!」
明かりが漏れる一枚のドアを、竜恩寺が懐中電灯で照らす。彼はドアに耳を当て、与田の籠るような叫び声を聞き取っていた。どうやらタオルか何かを噛まされているようだ。
「チッ!鍵なんか、かけてんじゃねぇ!」
ドアノブを回せど回せどドアは開かない。諦めた晃汰は強行突破する為、反対の壁まで距離をとった。
「離れとけ」
またも竜恩寺は、二人をドアから離した。次の瞬間、助走で得た運動エネルギーを余すことなく脚に伝えた晃汰は、ドアを蹴り上げて唾を吐いた。
蹴破られたドアの向こうには、開いた口と眼が塞がらない男と、両手を拘束されてタオルを口に巻かれた与田がこちらを見ている。それだけで晃汰の怒りのゲージは瞬時に振り切り、拳を握りしめる音が聞こえてくるようだった。
「テメェ、ウチの与田に何しようとしてた…」
低く静かな声で、晃汰は男に少しずつ詰め寄る。その眼は血走り、タクティカルグローブと七分袖の間の腕には血管が浮き上がっている。文字通り、彼はキレていた。
「あんだけ大きな音で突入したのに、逃げる準備もしてないなんて…それか、そんなに"没頭"していたのかな」
あくまで冷静に、竜恩寺が晃汰の横に現れる。
「与田!与田!!」
男と対峙する二人の背後から飛び出した梅澤と山下が、すぐさま涙を流す与田に駆け寄って拘束を解いた。
「梅、山、ありがとう…」
「話は後、早く帰るよ」
泣きじゃくる与田を抱きしめると、梅澤と山下は竜恩寺に促されるままジムを出てそれぞれの車に乗り込んだ。最悪を考えて、鍵はかけられていなかったのだ。
「与田は無事回収した、離脱するぞ」
仁王立ちのまま男を睨みつける晃汰の肩を、竜恩寺がそっと叩く。これ以上ここに長居するわけにはいかず、騒ぎを聞きつけた近所の住民が通報するに決まっている。この事案が明るみに出ればそれこそ、密会だけのスクープでは済まなくなる。
あまりの恐怖に言葉を発する事ができない男は、立ち上がることもままならず壁の片隅に追いやられた。それでも怒りが収まらない晃汰は、ズンズンと男に歩み寄ると右手を顔の横まで引いた。
「やめろ!」
拳を引き絞った晃汰を竜恩寺が静止させようとするが、彼の耳には入る事はない。男は眼を瞑って、拳が向かってくるのを見まいと顔を背けた。
ゴンッと鈍い音が部屋中に響き渡り、パラパラと欠片が床に落ちる音がその直後に静かにこだまする。
男ではなく、晃汰が殴ったのはその横の壁だった。
「…今夜起こったことは全て無かった事にしろ。もし週刊誌や何やらに売り込んだりなんかしてみろ、全力で貴様を消しに行くぞ。それから、今後一切俺たちに近づくな。分かったな?」
本気で殺されると感じ、男は赤べこのように何度も何度も首を縦に振って涙まで流した。
「それと…」
部屋の奥に見つけた冷蔵庫から、晃汰は冷えた缶ビールを一本拝借した。
「貰ってくぞ。晩酌の間際に呼ばれたんだ、家のビールは温くなっちまってるからな」
手にした缶ビールを男に見せながら晃汰は出口に向かう。
「いや、お前の家に他の冷えてるだろ」
竜恩寺があくまで冷静にツッコむ。
「バカ、演出だよ演出」
分かってないな、と付け足しながら晃汰は竜恩寺とともにジムを出て階段をおりた。
「帰るぞ」
トランザムに梅澤と与田が、86に山下が乗っていることを確認してから、二人はコックピットに乗り込んで愛車たちのエンジンをかけた。