今ここで破り捨てて
真夜中の都心を真紅の86と漆黒のトランザムが、道交法ギリギリで疾走する。愛する同僚のピンチを救う為に、アイドル二人とスタッフ二人が現場へと急行する。
「アイドルは…」
出発してからずっと無言のままステアリングを握っていた晃汰が、前を向いたまま口を開いた。山下は彼の方に振り向けず、膝の上の拳をさらに強く握った。若干ではあるが、鬼気迫る晃汰の表情に怯えているのだ。
「恋愛禁止と囁かれているし、イメージがダイレクトに商売になる。まどかが現役中に手を出した俺が言うのも説得力が無いが、やって良い事と悪い事があるってもんだ」
山下はドライバーがどんな顔をしているか分かっていたから、怖くて前を向く事しかできない。最愛の人の名前を暴露しているにも関わらず、それさえも今の山下はツッコめない。
「俺の同僚に手を出すとどうなるか、思い知らせてやらなきゃな」
「暴力は…」
「分かってる。俺もそこまで単細胞じゃない」
念の為に山下は忠告しようとするが、予想よりも彼が落ち着いているのとドライビングがいつもの通りに落ち着いていることも手伝って、彼女は少しだけホッとすることができた。
◇
乃木坂精鋭特殊部隊、通称「Spesial Nogizaka Team.SNT)が現場に到着した。住宅街のちょっとしたビルのワンフロアに、そのジムはあった。表向きは丁寧なパーソナルトレーニングを謳っているが、蓋を開ければ下衆なパーソナルトレーニングが繰り広げられていると思うと、四人は今すぐにでも突入したいくらいだった。
「着いたな、気合い入れろ」
時間にすれば数十分程度のドライヴが、今夜はその何倍にも四人には感じられた。
駐車場に入るとエンジンを切り、すぐさま晃汰と山下は外に出た。同じタイミングで竜恩寺が駆るトランザムも到着し、四人は最後の打ち合わせを始める。
「あくまで穏やかに、そしてクールに。ただ、抵抗するようなら武力行使も辞さない」
言っている事がメチャクチャだ。晃汰を除く三人の頭の中が同じ思想で統一されたが、誰一人としてツッコむ者はない。
「じゃあ、作戦開始(ミッションスタート)だ」
サムズアップを秒で終えた晃汰を先頭に、出入り口へと続く階段を駆け上がる。そして『CLOSE』と掛けられた扉をノックする。
「こんばんわぁ、乃木坂LLCの丸山と申しますぅ」
あくまで穏やかな導入だが、当然のように沈黙が行手を阻む。
「GPSは?ここから動いてないだろ?」
二番手の竜恩寺に振り向き、晃汰は尋ねる。
「ずっとここだ、1ミリも動いてない」
有事の際にメンバーの居場所を特定する為に、上層部のスタッフはメンバーのGPSをいつでも見る事ができる。晃汰と竜恩寺も、その数少ないスタッフのうちである。それが今回は最も使いたくない方法で、使うことになった。
「OK、離れてろ」
そう言って三人をガラスから遠ざけた晃汰は、ポケットに忍ばせていた車載用のハンマーを振り上げ、再度呼びかけた。
「10秒待ってやる。開けなければ、正攻法で行くぞ!」
「…本気だ、もっと離れてろ」
来る所まで来たと察し、竜恩寺は二人を今いる所よりも階段の下まで下げさせた。クールにって言ってなかったっけ。三人は本人から遠ざかりながら、彼が数分前に話していた内容を思い出す。
「タイムリミットだ、行くぞ!」
少しだけ荒げた声の直後に、何度かガラスを叩き割る音が響いた。それだけで梅澤と山下は震え、竜恩寺に抱きついた。
「さぁ行くぞ!」
割れたガラスの間から手を入れて鍵を開け、晃汰が先陣を切って突入した。ドアが開く音で幾らか正気を取り戻した二人を従え、竜恩寺もその後を追って中に入った。