わけもわからずに
一日の仕事が終わって家に帰ってきた男がする事はひとつしかない。キンキンに冷えたビールを喉に流し込む事だけである。例によって晃汰もカバンをドアに近いリビングに置くと、手も洗わずに冷蔵庫に手をかけた。
時刻は日付が変わる少し前。いつもよりもかなり長いミーティングと取材の帯同を終えた身体は、普段ではありえない疲労感に浸かっていた。
缶ビールにグラス、途中で買ってきたビーフジャーキーをテーブルに並べたところで、晃汰は寝室に行って寝巻きに着替えて手を洗い、テーブルについた。
「晃汰さん!!!」
ビールをグラスに移していざ!と言う時に、玄関ドアが物凄い音を立てて開いた。それと同時に、山下と梅澤が転がり込むようにリビングへ雪崩れ込んできた。晃汰と泡との距離は、ほんのあと数ミリだった。
「なんだ、どうした!?敵襲か!?」
グラスを落とすように置いた晃汰は、あまりのけたたましさに立ち上がり、ファイティンポーズをとった。
「与田が、与田が危ないんです!!」
「与田が?何があったんだ」
立ったまま、晃汰は二人に詰め寄る。
「さっき与田から電話があって、出てみたら争うような声が遠くで聞こえて…」
そこまで言うと山下は、眼に涙を浮かべて唇を真一文字に結んだ。
「確かなのか?それ以降の連絡は!?」
思わず晃汰の声が大きくなる。
「電話にも出ないですし、LINEも既読つかないです…」
「そうだとしたら、急いで探そう」
服を着替えようとリビングを抜けて寝室に向かう途中でも、晃汰は二人から情報を得ようとする。ドアを開けたまま新しい服に着替えるとすぐさま、リビングに戻って竜恩寺に連絡を入れた。
「与田が襲われたらしい。これから梅澤と山下を連れて探しに行くけど、もしかしたら嫌な報告をお願いするかもしれねぇ」
『そんな危ねぇ所に、お前ら三人だけで行かせられない。今から準備して向かうから、俺が合流するまで待っとけ」
電話越しに竜恩寺へ現状を話すと、すぐに彼も臨戦態勢に入った。それでこそ俺の相棒だ。晃汰はスマホを切ると、二人を見渡す。
「京介がこれから来る。お前さん達は、動ける格好と変装をしてくるんだ」
眼光鋭い晃汰にたじろぎながらも、梅澤と山下は震えながら頷くとすぐに各々の部屋へと一旦戻った。
◇
『開けてくれ』
チャイムが鳴ったインターホンに竜恩寺の顔が映し出されると、晃汰はオートロックの開錠ボタンを押した。しっかりと着替えと変装を済ませた梅澤と山下は、固唾を飲んだ。いよいよ事が大きくなってきたと、二人が再認識したのだ。
「最後の仕事が山下と取材で、ジムに行くからとテレビ局で別れた。んで、GPSを見る限りそのジムに今もいるな」
竜恩寺がリビングに入ってきて精鋭部隊が揃うと、今まで得た情報を晃汰が確認し始めた。
「二人の話だと、このジムには半年くらい前から通ってるらしい。個人レッスンで、ボディメイクに励んでるらしいな」
「まぁ、こんな真夜中に個人レッスンなんて、ヤる事は多くないだろう」
竜恩寺の皮肉に、女性陣の顔面が引き攣る。
「トップアイドルと夜の個人レッスンか、最高だな」
晃汰も乗っかるが、二人の表情が和らぐことはない。
「どうやら、与田が日常的レッスンを受けてるのはここの代表トレーナーらしい。妻子持ちだが、ゲスい事をやってくれるゼ」
ケッと吐き捨てると、晃汰はジャケットを羽織った。
「俺と山下、梅澤は京介と向かうぞ。正面突破しかないと思う、鍵かけられてても破るぞ」
今まで見たことのない、憎悪に支配された眼の晃汰に圧倒されながらも、梅澤と山下はリビングを抜けて部屋を出た。いつものように、鍵はかけてはいない。