乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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A 欠落
四曲目 〜慟哭〜
 最悪の事態が発生した。

「頭部を打った事による、一部的な記憶障害です。今回に関してはお友達の森保さんの事、ギターの弾き方といった所でしょうか・・・」

 例によって白衣を羽織った山室は前回とは違い、眉間にシワを寄せて難しい表情である。

「今後ですが、記憶を取り戻す治療は今の技術を持ってしてもありません・・・一生このままなのか、何かの拍子に戻るのか・・・」

 緊急で呼ばれた晃汰の両親は俯き、顔を両手で覆った。

「よりによって、アイツの宝物を忘れちまうとはな・・・」

 ドア脇の壁に腕組みをしてもたれる竜恩寺は、皮肉を込めて吐き捨てた。
 
 主治医の説明は前回とは比べ物にならない程、早く終わった。深夜という事、そして話せば話すほど家族に絶望を与えてしまうという事も手伝って、山室は早々に三人を解放したのだった。病室に向かうまでの間、誰一人として口を開く者はなかった。

 病室には相変わらずにベッドで寝息をたてているギタリストに、見守るかのような眼差しを向ける森保がいた。

「・・・どうでしたか?」

 椅子から立ち上がった森保は、その椅子を両親に譲りながら晃汰の状況を知りたがった。父の晃一はその椅子に再度森保を座らせ、ゆっくりと口を開く。

「一部的な記憶障害らしい。ギターのコードと、そしてまどかの事をすっかり忘れてしまっていると・・・」

 悲しげに話す晃一とは対照的に、凛として実情を森保は聞き入れる。

「まさか本人が大切にしていた事を忘れるなんてね。日頃の行いが悪かったんだね」

 息子を卑下するように溢す晃一の後ろで、母の朱美(あけみ)は目元を指で拭った。竜恩寺は説明を聞いていた時と同じように、ドアの近くで腕を組んでいた。

「こんなドラ息子の為に、わざわざ遠い所をありがとう。帰りは空港まで送っていくよ」

 年齢の割にはシワの少ない目尻を下げ、晃一は森保にLと刻まれたキーを見せる。お世話になります、と森保は立ち上がり夫妻に続いて病室を出る。

「何かあったらすぐ連絡するから。それと、他言無用でな」

 森保が目の前を通り過ぎる時、竜恩寺は彼女にしか聞こえない声量で告げた。

「ありがと。よろしくね、晃汰のこと」

 律儀に立ち止まった森保は、竜恩寺に向き直って眼をみた。疲労が滲み出る顔で彼が頷くのを見届け、森保は病室に背を向けた。

 LEXUSのフラッグシップモデルであるLS(Luxury Sedan)は、2017年にフルモデルチェンジがなされた。その新型車に晃一もいち早く飛びついた。純白のクーペボディに先代よりも大きくなったスピンドルグリルが存在感を引き立たせる。そんな夢のような車を運転する晃一だったが、今夜だけはその顔も曇っている。運転席側の後部座席に乗る森保も同様だった。日本国内において静粛性、乗り心地においてトップクラスに入る車に乗っているというのに、どこか彼女は地面からの突き上げが強く、狭くもホールド性の高い86の乗り心地を恋しがってしまう。そして、忙しなくシフトチェンジをする晃汰の左手さえも、今の森保には懐かしく思えてしまっている。

 “晃汰が階段から落ちて意識不明”

 ロック画面に表示された言葉に、森保は当初意味が理解できなかった。ソロアルバムの最終工程に差し掛かっていたが、もうアルバムの事などどうでも良くなってしまった。翌日の仕事をマネージャーに頼んでずらしてもらい、すぐに羽田行きの航空券を手配した。逐一連絡を入れてくる竜恩寺に感謝しながら、必死に彼氏の無事を祈った。最低限の手荷物だけを持った森保は羽田に降り立つと、すぐにタクシーを飛ばして晃汰がいる大学病院へと向かった。その間に竜恩寺に連絡を入れ、病室を案内してもらった。そして感動の再会となるはずであったが、運命はハッピーエンドでは済まされなかった。

 膝の上で握る拳に、自身の涙がはねた。今まで気丈に振る舞っていたが、それも限界だった。晃汰がどれだけアイドル界に革命をもたらし、どれだけのファンを魅了したか想像もつかない。彼を必要としているグループは乃木坂以外にも沢山いるし、彼を目当で乃木坂のライヴに来る観客も少なくはない。そんな晃汰がギターを弾けなくなったらと考えると、恐ろしいほどの絶望感に襲われる。だが森保はずっとわがままで自分本位な想い・・・それがダメなことぐらい彼女にっは分かっていたが、そうでもしないと気が収まらない。もう一度、彼が笑顔で自分の名前を呼んでくれることはあるのか。もう一度、彼の溢れ出した愛が自分を壊してくれることはあるのか。もう一度、彼の寝顔の隣で朝を迎えることができるのか。そしてもう一度、ステージの上で輝きを放つ彼を見ることはできるのか・・・そう考えるだけで、涙が溢れてくる。高望みはしない、せめてもう一度彼と眼を合わせてKISSがしたい。森保は一人の乙女になって、泣きに泣いたのであった。

■筆者メッセージ
慟哭・・・工藤静香をイメージしました笑それにしてもまいやんの卒業は、悲しいような寂しいような、めでたいような。まいやん回も入れる予定です!コメント、感想お待ちしてます!結構、いいね押していただくと励みになります笑
Zodiac ( 2020/01/26(日) 11:44 )