復活祭
11時からの昼休憩は2時間が用意されている。単に2時間と言っても主要メンバーがゆっくりできるのはせいぜい30分程度。その間に雑誌の取材やイベントの打ち合わせ等、文字通りに時間を縫って行われる。それでも食事の時間を、メンバー達はキッチリととる。ケータリングのポールポジションは梅澤で、その後ろを齋藤と晃汰が追いかける。
「よく食べるよね、本当にサ。いつもチートデイな訳?」
パイプ椅子だけの簡易的な食事スペースで、彼女達が膝にのせるトレイを晃汰は指差す。
「そりゃ、こんだけ食べないと動けないですもんね?飛鳥さん」
何故か誇らしげに平たい胸を反らした梅澤は、隣の齋藤を見た。
「そうだよ。晃汰こそ、もっと食べないと午後持たないぞ」
齋藤は行儀悪く、プラスティック・フォークの刃先をギタリストに向けた。
「お腹いっぱい食べちゃうと、歌えなくなっちゃうんだよね。喉に引っかかる感じがするから。だからリハーサルの時とかは、あんま食べない」
そう言って晃汰はサラダをつつく。事実、彼はギタリストであるにも関わらず、メンバーの誰よりも歌唱において気を遣う。日頃のケアから準備、アフターケアに至るまで抜かりは無く、彼の方法を殆どのメンバーが真似をしている。
「でも、食べるときはめっちゃ食べますよね」
過去に何度もチートデイに呼びつけては、食べ放題をハシゴした事を忘れもしない梅澤が、目線だけをギタリストに向けた。
「お前さん達と同じで、リミッター外すとね。いつもは節制してるけど」
人前に出る仕事だから、その辺りはメンバーに倣って体型維持は欠かさない。近所のスポーツジムに出没することもしばしばだ。
「来週チートデイなんです、また呼びますね」
「やぁだよ。お前さん達のチートデイ、殆ど俺が料理してるじゃん。YouTubeの時みたいに、たまには全部やってくれよ」
テーブルに所狭しと用意したオードブルと酒が一瞬でなくなる感覚は、大家族の母親になったような気分である。晃汰はチートデイの度に、その不思議な感覚に毎度のように陥る。
「だって晃汰さんのご飯、美味しいんですもん」
一瞬だけギタリストの眼を見つめた梅澤は、少し大きめな焼売をパクリと一口で頬張った。
「まぁまぁ、何やかんや言って晃汰のことだから、一緒に過ごしてくれるよ」
不敵な笑みを齋藤は浮かべるが、ダシに使われる不安材料は一つとしてない。彼女を軽くあしらうと、晃汰は残っていたサラダを平らげて席を立った。
「少しは考えといてやるよ。何か“見返り“があればね」
去り際、トレイを持ったまま晃汰は二人に言葉を残してから離れていった。
「何やかんや言うてですね」
梅澤が悪い笑顔を齋藤に向ける。
「そう。何やかんや言うて、来てくれるから」
齋藤はズッと温かいお茶を啜った。
ケータリングエリアを離れた晃汰はリハーサルブースへは向かわず、愛車のシートを倒してアイマスクをつけた。前夜は夜通しの音作りと準備で忙しく、ブラックコーヒーでも補えない睡魔が顔を出したのだ。
「やっと寝れる…」
リハーサルが一区切りして落ち着いたアドレナリンと満腹で、歩きながら寝てもおかしくない状態だった。スマホのアラームを休憩時間ギリギリにセットして、晃汰はアイマスクを眼に被せた。
「こりゃ凄え連中が集まったな…」
しっかりと仮眠を終えた晃汰がブースに戻ってくると、懐かしいOG達に現役メンバー達が集まっていた。その雰囲気を邪魔しちゃ悪いと思い、晃汰は挨拶もせず静かに自分の定位置へと向かった。
「元気してた?」
真っ先に晃汰に気づき、声をかけたのは伊藤万理華だった。
「万理華さんこそ、元気でしたか?」
続いて彼に声をかけたのは生駒だ。
「身長伸びたんじゃないですか?」
その当時の思い出が蘇り、ちょっとした同窓会に参加している様な気がしてならなかった。
「久しぶり」
そう言って軽いハグをしたのは白石だ。
「この前も会ったじゃん、ラーメン屋さんで」
偶然にも数週間前に、晃汰がラーメンを食べている所へ白石が鉢合わせたのだ。その時の店内の様子を、二人は今でも覚えている。
「そりゃその直後に、アノ白石麻衣がヤサイ・ニンニク・アブラのマシマシ頼むんだから、大騒ぎだよネ」
いつの間にか西野も会話に加わり、その時の様子を晃汰の口から聞く。
「ナナには会ってないやん。敬遠しとるん?」
分かっててわざと上目遣いの西野が、晃汰に迫る。
「敬遠もなにも、俺らだって偶然会っただけですよ。…いいでしょう、今度デートしますか」
「ほんま?」
一気に笑顔になった西野が離れていくと、続けて白石も晃汰にウィンクをして離れていった。
その後も数多くのOG達と話したが、不定期で開催される『OG会』に高い確率で出席していることも手伝って、会話に花が咲いた。現役メンバーのカウンセラーとして活躍している中元も激励に訪れ、加入したての頃を晃汰は懐かしんだ。
「Glorious Days だな、今も昔も」
時代もメンバーも変わっていくが、そこに一つの欠片として存在できていることが、何故だか晃汰は無性に嬉しく思えた。
「失恋の曲だけどね、あれ」
通りすがりの竜恩寺が一言を残し、靴音を響かせて再び離れていく。まるでGlorious Daysの冒頭のように…
午後のリハーサル自体は滞りなく終了し、OGとの夢の共演で感極まった現役メンバーが泣き出す以外は問題がなかった。少しお遊戯的な部分もあってクオリティが心配されたが、OG達は意外な事にしっかりとビジュアルも歌も仕上げていた。その事にホッとした晃汰は、ライヴまで明るい見通しが立った事に改めてホッとしていた。
「この後、行かない?」
久しぶりのOG達と彼女達と被っていない5期生達も混ぜ、急遽の懇親会を秋元は竜恩寺とともに企画した。勿論、晃汰にも秋元直々に声がかかった。時計は18時を少し過ぎたところで、時間的にもちょうどいいタイミングだった。
「いえ、まだ今日の復習が残ってるんで」
リハーサルがある日は、その日のうちにミスを修正したい。晃汰は秋元の折角の誘いだったが、申し訳なく断った。
その後、晃汰だけの復習リハーサルは日付を跨ぐまで続けられた。