乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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16 10th
柔軟
「…って言うことがこの前あってね?私が元気づけてあげたの」

「へぇ、そんな事だろうと思ってましたよ。意外と脆いところあるんですよ、ヤツ」

 大きなスタジオを借り切っての全体リハーサル、本番をちょうど一ヶ月後に控える今日は、例のOG達もリハに参加する。神妙な面持ちでサウンドチェックをするギタリストから少し離れたところで、秋元と竜恩寺はストレッチをしながらリハーサルに備える。

「少し前までは頑固に弱い所見せなかったのにね、人は変わるものね」

 前屈を手伝ってもらう背後の竜恩寺にしか聞こえない声で、秋元は話す。

「そうですかね、いつでもアイツはアイツですよ…それにしても硬い身体ですね」

 いくら押しても折れない腰に当てた手を、徐々に徐々に力を入れていく。

「これだけは良くならないの…イタタタタタ!」

 秋元が悲鳴を上げたところで攻守交代をして、竜恩寺がペタンとヨガマットの上に座った。

「じゃ、いくよ」

 せぇの、と言って押した竜恩寺の背中はみるみる倒れ、終いには身体前面と脚とがくっついた。そこまで力を加えていなかった秋元は更に驚き、押す手を引っ込める。

「柔らか!」

「日々の努力の賜物です」

 呼吸ひとつを乱さずに起き上がった竜恩寺は、続いて脚を大きく広げ、これも殆ど秋元の力を借りずに床までペタンと身体前面をくっつけた。

「凄いね、軟体動物みたい」

 健康やパフォーマンス向上の為に日々のストレッチは欠かさないが、それでもここまでになることは無かった。秋元は小さく拍手をして、埃を叩いて立ち上がる竜恩寺を称えた。

「リハの前に、こうやって皆とストレッチするようにしてたら、柔らかくなりましたよ」

 ジャケットの皺まで直した竜恩寺は、最後に手を叩きながら秋元の方に向いた。

「私もまだまだ負けてられないね」

 目元に皺をいっぱいに作った秋元も鈍臭そうに立ち上がり、裾をパタパタと仰いだ。

 二人がイチャイチャしている傍ら、神妙な面持ちを継続中なギタリストは、とりあえずの納得いくサウンドを作り上げてアンプのボリュームを上げた。いつものエフェクティヴな広がりのあるサウンドではなくギター本来のドライヴ感、ソリッドでダイレクトなサウンドが響き渡る。

「またサウンド、変えたんですか?」

 センターラインを挟んだ向こう側でギターを弄る新田が、気持ちよさそうに眼を細める晃汰を見る。

「あぁ、コーラスもディレイも抜いた本当に素直なドライヴサウンドな。日本一心の時みたいな、錆びたような音」

 この人は何処までもホテイだ。声にこそ出さなかったが、新田は改めてその愚直さに感服した。

 46時間TVでサイドギターの効果を改めて実感し、どれだけエフェクターを駆使しても埋まらなかった音の薄い部分が簡単に補ってしまえるのも手伝って、晃汰は10thの二日間も新田へ正式に依頼をかけた。秋元の言葉で気持ちを切り替えた彼は、10周年と言う大それた祭りをもっと華やかにしてやろうと企んだ。そして返ってきた答えは、更に晃汰を喜ばせるものだった。またもや会社からの正式な許可を得て、本番二日間及び付随するリハーサルへの、新田の出演が決まった。

『今回はお試しじゃない、ガチだよ』

 晃汰のその言葉は乃木坂の総意として、言葉にも金額にも表れた。前回とは違って金額が前もって提示され、その額に竜介は思わず眼にくっつけようかとするほど書類を顔に近づけた。ボーナスでもこんな額は見たことがない、桁が違うのだ。

『誠意は言葉ではなく、金額だぜ』

 プロ野球ファンのネット界隈では有名な福留孝介の名言を引用する晃汰の横顔を、竜介は今でも忘れられない。打診から合流まで一週間とかなりタイトなスケジュールではあったが、日頃から乃木坂の曲をコピーしていた彼にとったら、朝飯前のことだった。そして今日、久しぶりの再会と同時に乃木坂46へと合流した。

「それじゃ、午前中はOG抜きのセットリスト。午後からババア達来るから、午後は午前中やらなかったヤツを演りましょう」

 10thでも役職は変わらない、マイクを通して全メンバーに声をかけてからリハーサルは始まった。数十名から成るBIG BANDを、毎回のように纏め上げて一つの形にする。現キャプテンの秋元や次期キャプテン候補の梅澤は、晃汰のキャプテンシーやカリスマ性を評する発言を幾度となくメディアで伝えている。

 ギターが増えたことによる多少の窮屈さは46時間TVの時と同様に感じられたが、無闇に飛ばしたり揺らしたり遅らせたりをしなくなった分、自身のサウンドだけに集中出来るような気がしている。結果としてツインギターは正解だったと、センターの向こう側でギターを弾く竜介を晃汰は横目で見た。前回よりも緊張が和らいだ様子で薄っすらと笑みを浮かべる竜介が、手数を増やしたコードを繰り返す。

 一ヶ月前のリハーサルにしては上出来だった。加入して以来、生歌の意義を唱えてきた結果が実を結び始め、理想の形に近づいていく喜びが晃汰を支配した。決して乃木坂を自分のモノにしようという願望は無いが、ライヴはナマモノという考えを曲げるつもりは彼にない。生歌に生演奏、いつだってそれが彼の信条である。

「ご飯行くよ?」

 空っぽになった楽器達を仁王立ちで眺める晃汰の背中に齋藤が、冷たくも優しさを含んだ言葉をかけた。

「あぁ、今行く」

 声のする方に振り向いた晃汰は、齋藤の華奢な背中を追ってブースを出て行った。

Zodiac ( 2022/09/22(木) 18:49 )