乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト
















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16 10th
秋元相談室
 前夜の山下はうまく誤魔化せたが、自分自身を偽る事はできなかった。自分の浅はかな考えという事も重々に承知ではあるが、晃汰はどうしてもOG達が駆けつける事態を、素直に受け入れられずにいる。そしてそれは積もり重なり、とうとう秋元真夏に人生相談を依頼するほどだった。

「なるほどねぇ、わかる気がするよ」

 個室の居酒屋でも良かったが、壁に耳あり障子に目ありだ。秋元は凡そ明るい話ではない事を察していたから、仕事終わりの深夜に年下の同僚を自宅に呼びつけた。

「ただ、俺の身勝手なエゴだとも思ってるし、ちゃんと振る舞わなきゃっても思うし…」

 個人的な感情と組織人としてのモラルが錯綜する中、頭を荒く擦ると、晃汰は秋元手製のカシスオレンジに手を伸ばす。

「私も晃汰の立場だったら、『え?』ってなると思う」

 秋元はトーンを抑え、晃汰の眼をチラリと見て続ける。

「部活とかでさ、全然知らない先輩達が先輩風吹かせてくる感じ?こっちはこっちは現役でやってるのに…って感じかな。私もあったよ、高校の時にそんな事」

 当時の話をする秋元に対し、晃汰はちょっと意外な顔でテーブルを介して座る彼女を見た。

「何よ、その顔」

「いや、温厚な真夏さんでもそういう事、思うんだなって」

 何それ、と秋元は白い歯を見せて缶ビールの封を切った。

「あれ、真夏さんビール飲めるようになったんですか」

 晃汰は彼女が持つ缶を取り上げた。

「これね、いただいたの。アサヒビールさんから」

「あぁ、打ち上げの収録で飲んでたやつか」

 そう言って晃汰は秋元のグラスにビールを注ぐ。泡と液体のが黄金比率になるようにだ。

「少し持って行きなよ。私は、あんまりビール飲まないから」

 それでもグイッとビールを流し込み、秋元はお約束通りに泡をわざと鼻につけた。晃汰はそれを笑って指で拭い、そのまま指先を舐めた。

「そうやって若い子達を誑かしてるんでしょ」

 秋元はジト眼で晃汰を見る。

「あ、そうやってすぐ嫉妬する」  

 秋元の鼻をチョンと触ると、晃汰はポテチに手を伸ばして頬張った。

「まぁでも、やらなきゃいけないんだろうし、晃汰にボイコットされちゃギターがいなくなっちゃうし…」

 その時、一瞬だけ秋元が悲しげな表情をした。自分の一つ言動が人を悲しませてしまう、晃汰は改めて自身が置かれている立場を振り返って、そして彼女に返事をする。

「愚痴、聞いて欲しかっただけかもしれないスね…そこはプロとしてキチンとしなきゃいけない事は分かってます。ただ、現役メンバーがあくまでも主役だと思ってるから…」

 彼はいつだってメンバーを最優先で考える。そのくせ、ステージの上では自分が一番、会場の隅から隅まで掌握したがる。そして何処か子どもな晃汰を、秋元は微笑むように見つめた。

「…何スか、その眼は」

 自身に向けられた特殊な視線に気づき、晃汰は彼女を見つめ返す。

「年下男子って可愛いなって」

「じゃあ胸、触らせてもらって良いですか?」

「いいよ」

「ジョークですよ」

「つまんないの」

 晃汰は本気でそんな事を思ってはいないが、秋元は満更でもなかった。勿論、本当にそんな事にはならないとお互いが信頼しきっての上ではあるが。

 一旦の沈黙が訪れ、晃汰は左腕の時計を見た。終電まであと一時間近くあるが、キッチンで新しいカクテルを作り始めた秋元に質問をした。

「真夏さん?俺って終電で帰っていいんだよね?」

 都心の終電なんて真夜中だ、数時間も待てばすぐに始発が走り出すが、晃汰は“念の為"に部屋の主に尋ねる。

「え?泊まってかないの?」

 二つのグラスを持った秋元は少し驚きながら、キッチンから出てきた。

「いや…だって、着替えとかないし」

「お風呂入ってる間に洗って乾かしといてあげるよ」

「いや、でも…」

 それ以上の反論は、差し出されたグラスと有無を言わさぬかなり強めな秋元の眼力の前に無意味だった。

「じゃあ、おっぱい触らせてもらっていいですk」

「ダメ」

「さっき良いって言ったじゃん」

 グラスを受け取りひと舐めする前に、もうひと芝居の茶番を演じる。

「てか、よく男を易々と泊められますね?襲われたらどうするんですか」

 作ってもらったカクテルが美味しくて、一口のつもりが半分ほど飲み進める。彼が好きなオレンジ多めのカシスオレンジだ。

「だって、もう何年一緒に仕事して二人っきりになってんの。しかも彼女持ちだし、疑う必要がないじゃん。晃汰と京介は、もうとっくにメンバーだから」

 そう言って秋元もカクテルをグイッと、大きな一口をあおった。

 最後の一杯を飲み干して、晃汰は秋元に促されるまま先に風呂に浸かった。何度もメンバーの家の風呂に入ったが、未だに落ち着いて入浴する事ができない。文字通りに烏の行水で済ませたかったが、下着を含む着替えはまだ洗濯機で回っている。仕方なしに湯船に肩まで落とし、自宅では普段入れない入浴剤の匂いを楽しむ。

「乾いたよ、もう出てきていいよ」

 曇りガラスを隔て、シルエットと共に声が聞こえてきた。礼を言って湯船から立ち上がると、ドアの外に用意されたバスタオルで水滴を拭いて浴室から出る。

「私も入ってくるね」

 モコモコの着替えを持った秋元は、晃汰と入れ替わる形で脱衣所に飛び込んでいった。

 時刻は深夜、終電の時間もとっくに過ぎている。摂取過多なアルコールも手伝って強烈な睡魔に襲われるが、部屋の主よりも先に寝てしまうのは個人的なプライドが許さなかった。晃汰はキッチンに立つと水切りからグラスを一つ拝借し、水道水を喉を鳴らしながら一気飲みをした。

 浴室の扉が開く音がして、晃汰はキッチンに立ったまま意味もなく背筋を正した。風呂上がりに“何か“が待っているわけでもなく、“何か“を期待しているわけでもないのに、強烈な喉の渇きを覚えて、残っていた水を一気飲みした。

「お待たせ」

 モコモコのパジャマの正体がジェラートピケである事は一目で分かった。いつか晃汰が森保にプレゼントしたものと、かなり似ていたから覚えていた。

「なんか俺が、期待してるみたいじゃないですか」

 いつにも増して乙女な秋元を前にしてドキッとしながらも、晃汰は余裕を装って彼女の眼を見る。

「エッチ!」

 秋元は、胸を隠す仕草をして戯けてみせた。晃汰が手を出さない事を彼女は充分に分かっているし、例え襲われたとしてもそれを望んでいる自分がいるのも事実。それでもまだ、年下男子二人に対しては恋愛感情よりも母性の方が勝っている。愛するよりかは愛でていたい、事あるごとにちょっかいを出してくる二人が愛おしくて仕方がなかった。

 テーブルを隅に追いやったリビングに布団が二枚並べられ、二人は手が触れ合う距離で横になった。

「9時にマネージャーさんが迎えに来てくれるから、それ乗って一緒にお仕事行こ?」

 電車で来ていたから都合がよかった。晃汰は秋元の眼を見て頷くと、仰向けになって瞼を閉じた。

「おやすみなさい。今日はありがとうございました」

「こっちこそ、楽しかったよ」

 何故だか面と面を向けて礼を言うのが恥ずかしく思えて、彼は独り言のように言葉を発した。

「おやすみ」

 さっきよりも声の出所が近くなったかと思えば、柔らかな唇が額に跡を残した。

「彼女さんいるから、おでこね」

 どんな表情をした秋元が自身に覆いかぶさっているかは分かったが、晃汰は閉じた瞼はそのままに口元を緩めるだけにした。
 やがて電子音とともに部屋が暗くなった。晃汰はもう一回だけ「おやすみなさい」をして、深く息を吸い込んで吐き出した。まるで自分の抱えていた闇が、静かに抜けていくようだった。

Zodiac ( 2022/08/25(木) 07:06 )