乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト
















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15 46時間テレビ
SOLO
 目覚ましに設定したLAST GIGSのDREAMIN'で晃汰は目覚めた。前夜に人狼が終わった面々と部屋呑みをしてから寝付いたが、スッキリと寝起きはよかった。iphoneの時刻は九時を少し過ぎた頃で、彼も手伝った樋口のコーナーが放送されている。
 
「またツーリング行きたいな」

 画面の中でスラロームを走行する樋口を見て、晃汰の頭には何度か彼女と行ったツーリングの光景が思い出される。樋口が免許を取ってからと言うもの、竜恩寺も混ぜてバイクを何度も走らせた。偶然にOFFが重なった昼間や、樋口の仕事が終わった真夜中と、バイクの醍醐味を三人は堪能した。晃汰はYAMAHAのドラッグスター、竜恩寺はホンダのNSR、樋口は教習車でもあったホンダのCBにそれぞれ跨る。樋口のCBは竜恩寺家の倉庫に眠っていたモノを修理し、竜恩寺から二万円で買ったものだ。そう、二万円だ、決して入力ミスではない。

「父さんが昔乗ってたらしいんだけど、最近は全然だから良かったよ」

 埃に塗れるより樋口に乗ってもらえる方がCBも喜んでいる、竜恩寺は彼女に引き渡す時にそう言った。


 顔を洗って歯を磨き、髪を整えて部屋を出た。カードキーだけをポケットにつっこんで、晃汰は朝食会場へと下りた。アメリカ式の朝食を大々的に押し出しているが、そのゴリ推しに晃汰は納得した。食後のコーヒーに至るまで、彼の脳内を『美味しい』という単語だけが支配した。

 部屋に戻る途中、晃汰は同じく朝食会場へ向かう新田夫妻とすれ違う。

「今日も宜しくな」

 晃汰は右手を軽く上げた。

「はい、宜しくお願いします」

 律儀に竜介は足を止めて一礼し、明梨も倣って頭を下げた。

「また後で」

 再び右手を上げ、晃汰はその場を後にした。

 ホテルから会場までは歩いて行ける距離にあった。そのこともあって、愛車はずっと会場の駐車場に泊めている。いつものようにロングコートに身を包み、レイバンのサングラスをかけてホテルを出た。

「おはよう」

 メンバー達が拠点にする大きな控室に入った晃汰は、いちばん近くにいた齋藤に挨拶をした。

「ねぇ、お腹空いた」

 挨拶の返事も返さず、齋藤は晃汰の裾を引っ張る。

「なんだよ、朝メシ食ってねぇのかよ」

 ゴツめの指輪が通った齋藤の華奢な手に引っ張られ、晃汰はそこで止まった。

「食べたけど、お腹空いた」

「その辺のお菓子でもいただきなよ、どれも美味そうだぜ」

 めんどくさい事になりそうな気がしたから、晃汰はその場をサッと離れた。齋藤がどんな顔で背中を見ているか見当はついたが、それでも晃汰は奥の方に自分の居場所を確保すると、スマホだけをポケットに突っ込んで控室を出た。向かう先は、前夜のステージである。

「リュウはもう少しで来るみたい。それからリハーサル通してみようか」

 クマのないすっきりとした表情の竜恩寺が、今朝も颯爽と舞台上で指揮をとっていた。どうやら睡眠時間は確保できているらしい、その事が気掛かりだった晃汰は、親友を心の底で労う。

 時間通りに竜介が姿を見せ、五人は軽い打ち合わせから今日をスタートさせる。晃汰にとっては初となる、自分にスポットが当たるワンマンショー。22時からの1時間を晃汰が丸々ジャックするのだ。

『お前がガチでホテイを演ったらどうなるのか、っていうファンが多くなってきた。お前もそろそろ、演りたかっただろ?』

 今野の言葉が昨日のように思い返される。その話を貰った時、晃汰は飛び上がるほど喜んだのも覚えている。

 初めてステージのど真ん中に立ち、メインボーカルを執る。バッキングの殆どをサイドギターに任せて、自信はマイクスタンドに右手を掛け、空いた左手を存分に広げて歌う。いつか実現してみたいと思っていたホテイになる瞬間が、いよいよ訪れようとしている。乃木坂のライヴやテレビではない事も、晃汰のプライドも傷付けずに済む。晃汰は今夜、神と崇める布袋となるのだ。


 運動会の前半をやり切って控室に帰ってきた晃汰は、その足で併設するシャワー室に駆け込んで汗を流す。時間はあまりないから髪と顔を洗い、身体は流す程度だった。それからヘアメイク、アイメイクを自ら施す。お馴染みのスタイルだ。

 晃汰に与えられた時間は1時間。その充分すぎる予定に晃汰は話をもらった当初、踊り喜んだ。そしてすぐに彼はセットリストを組んだ。BOØWY、COMPLEX、GUITARHYTHMを含むソロと、布袋の人生を体現するかのようなセットリストを考えた。見ただけで卒倒してしまうほどの曲順をだ。

 お馴染みのロング丈の衣装に袖を通し、晃汰は控室を出た。運動会の会場では後半戦がとっくにスタートしていて、晃汰はそれをチラリと見てからステージに向かった。あと数十分で自分の欲望を満たす事ができると考えると、思わずステップを踏みたくなってしまうほどである。

「調子良さそうですね」

 先にステージでチューニングをしていた竜介が、裾をはためかせる晃汰に声をかける。

「いつも通りだよ」

 平生を装うが中身はまるで違った。早くギターを弾きたい、早くサウンドに酔いしれたい、そんな思いが晃汰の頭を支配している。

 運動会が終わり、いよいよ晃汰のワンマンショウが始まる。30分の時間があり、遠藤、山崎、与田の三人が繋ぐ。ごく一部の人間にしか晃汰のステージを知らされてはいない、特にメンバーで知る者はなかった。

 ステージ全体を囲んでいた暗幕のおかげで、演者達の動きは運動会の会場からは見えない。メンバー達は何かサプライズだろうと気にも留めていなかった。運動会を見届けた観客(オーディエンス)達の殆どは席を立たず、座席に座ったままだった。その様子を見ていたメンバー達は各々、頭上に「?」を浮かべてはタイムスケジュール表と客席とを見比べた。そしてその内の何人かは、暗黒に包まれる黒幕(ブラックカーテン)との因果関係を模索した。

 運動会の観戦チケットを当てた者だけに、晃汰のソロライヴの鑑賞権が選択できた。晃汰はメンバー達だけが観客になれば良いと考えていたが、今野と徳長の提案で運動会を観に来た連中をそのまま残してしまおうというプランに舵を切った。勿論、都合がつかない者は運動会のみで退場という柔軟な選択ができるよう、運営は最大限に配慮した。それでも、事前の応募で晃汰のライヴを観たいという割合は8割を超えた。

 22時になった。晃汰を含む演者達はステージ袖で待機する。賀喜MCの振りが終わると同時に客電が消え、悲鳴をあげるメンバー達とは対照的に、観客達は歓声を上げた。伝説が今、幕を開けた。

Zodiac ( 2022/05/09(月) 06:41 )