SWEET REVOLUTION
19時から配信はスタートした。三日にも及ぶ長丁場の生配信だけあって、竜恩寺はいつにも増して気合が入っていた。
「気合入ってんなぁ」
赤いハチマキを頭に巻きつけた竜恩寺が横を通り過ぎる度、晃汰はその後ろ姿を眼で追う。
「京介さん、気合入ってますねぇ…」
竜介も同様である。
「そんなキャラじゃないんだけどな」
実力を認めているから、彼が空回りするなど思いもしない。赤いハチマキが眼の前を5回通り過ぎたところで、晃汰は竜介に目配せをして離れた。出番は22時からだから、年下ギタリストを誘って夕食を食べに行こうと晃汰は考えた。
「飯行こうぜ」
「行きましょう」
良い意味で従順な年下ギタリストが、晃汰は可愛くて仕方がなかった。
「スタミナつけなきゃな、肉食うぞ」
コートを羽織った晃汰は外に出るなり、後を追う竜介の肩を叩く。
「そうっすね、肉行きましょう!」
二人は会場の外にあるステーキ屋で、タンパク質をこれでもかと摂取した。勿論、竜介が財布の紐を緩めることはなかった。
「晃汰さん、やっぱカフェイン摂らなきゃダメですよ。レッドブル買ってきますね!」
会場に戻るまでの道中にあるコンビニに差し掛かると、竜介は足を止めて晃汰に訴える。そして返事を待たぬまま、駆けて行った。
「せっかちな野郎だぜ」
竜介の心遣いがとても嬉しく、晃汰は照れ隠しに独り言を吐いてレッドブルが届くのを待った。
青い缶を片手に会場に戻ると、竜介の奥さんである明梨が、やはり同窓会の時よりも一回り大きくなった身体で応援に駆けつけていた。運営の計らいで会場近くのホテルを三日間用意されているから、身重な明梨も手放しで夫の晴れ舞台を見に来ることができた。
「ご無沙汰してます」
「旦那借りちゃって悪いね」
乃木坂達を撮るカメラの裏側で、晃汰と明梨は挨拶と握手を交わす。既に彼女は竜恩寺が用意した、クッション性の良い椅子に座っていた。
「これが終わったら次に俺らの出番なんだよ。歌謡祭みたいなね、楽しんでってよ」
同窓会で見たイメージとは違う風に、明梨の眼に映った。どちらかと言うとクールで寡黙な印象の強かったが、今の晃汰はまるで子どものように無邪気な眼をする青年だった。
「あの人が、リュウちゃんの憧れの人ね」
代わりに近づいてきた竜介と、遠ざかっていく晃汰の背中とを明梨は見比べた。
「そうだよ、あの人が俺の神様」
竜介は優しく明梨のお腹を撫でた。
◇
開始予定時間30分前に晃汰は控室を出た。シャワーを浴びてお気に入りの香水を纏い、髪を逆立てアイメイクを施したその姿は、正しくホテイの“レプリカ“だった。
その足で向かったのは、ステージではなくバナナマンの控室だった。
「遅いよ!」
扉を開けた晃汰を、二人は嬉しそうに迎え入れた。
「遅いですかね?それは置いといて、今日宜しくお願いします」
「いや置いとくなよ、でも、よろしくな」
日村と晃汰のやりとりに、設楽が割って入る。乃木坂と共に仕事をするこの弟分を、二人は乃木坂のメンバー同様にひどく可愛がっていた。
「もうそろそろ?」
日村が高そうな腕時計を見る。
「はい、もうそろです」
少しだけ頭を下げた晃汰は返事をする。
「じゃあ行こうか。乃木坂達に挨拶してから行くから、先にステージ行ってていいよ」
二人は晃汰の肩を叩いて控室を出て行き、晃汰も続いて部屋に背を向けてステージへと歩き出した。
「緊張してるか?」
先に定位置に立っていた竜介に、晃汰は裾を揺らしながら近づく。
「意外としてないですね。それよりも、早く演り合いたくて…」
自前のテレキャスターを肩からさげた竜介は、強気な眼を晃汰に向けた。
「上等だな」
ポンと新人の肩を叩くと、反対側の下手に向かう。布袋が使用するギターと同じものが何本も置かれ、布袋と同じような音の出るエフェクター達が所狭しと並べられている。
生放送もライヴと同じように、熱い客席を前に演奏する。観客の数に比例して晃汰のテンションは上がるのだが、その空間だけでは留まらないのが生配信である。乃木坂にそこまで興味のない人達も観る可能性があるから、生放送の時の晃汰は決まって、メンバー達より前に出る事はなかった。
それでも、最接近してギターを弾き合ったり背中合わせで弾いてみたりと、竜介とはかなりのスキンシップをとった。彼の緊張を少しでも解そうという思いと、自分自身が楽しもうと言う信念の表れだった。
「いやぁ、楽しいですね!」
本番が終わってカメラが切り替わり、ディレクターの声が掛かる。竜介はギターをスタンドに立てかけて晃汰の元に走った。
「だろ?一回この快感を味わっちゃうと、なかなか抜け出せないんだよ」
一息ついてからギターを外した晃汰は、差し出された右手に応じる。そこへ齋藤と明梨がゆっくりと歩み寄った。
「かっこよかったよ、リュウちゃん!」
竜介の胸の中で明梨は叫んだ。
「公然とイチャつきやがって」
齋藤が膨れる。
「じゃあ俺とイチャつこうか?」
晃汰が悪ふざけを始めた。
「…バカ!」
齋藤は少しの間を置いてから晃汰の肩を叩いた。
「丸ぅ!」
すると、遠くでバナナマンがギタリストを呼んだ。
「あの子が、噂の飛鳥ちゃんの同級生って子たち?」
ダッシュで来た晃汰に、設楽が尋ねる。首を大きく縦に振ると、すかさず晃汰は二人を手招いた。
「いいよ、お腹に赤ちゃんいるんだろ?俺らが行くよ」
そう言ってバナナマンは二人の方へ歩き出した。優しいなぁ、晃汰は二つの背中を見ながら感じた。
バナナマンとの挨拶が終わると、新田夫妻はメンバー達にも軽く挨拶をして会場を後にした。期間中は会場近くのホテルを運営が押さえている、そこへメンバーやバンド組、スタッフ達は寝泊まりする。新田夫妻の為に、晃汰が掛け合って運営は最高の部屋を用意していた。
二人は愛車のAudi Q2に乗り込み、メッセからホテルへと向かった。深夜だと言うのにベルボーイは嫌な顔一つせず、夫妻の荷物を受け取った。
客室に通されると、二人は言葉を失った。ホテルを用意してくれるだけでも有難いのに、まさかそれがスイートだとは思わなかった。
「凄えな、スイート…」
「凄いね…」
受け取った荷物をバラさずに、二人は部屋に入ったまま固まった。新婚旅行の時に少し背伸びをしたホテルに泊まったが、同等かそれ以上だった。それでも奮発した方だったが、まさかこんな部屋が用意されているとは、二人は夢にも思わなかった。
「この子にも贅沢覚えさせちゃったね」
明梨は母親の顔でお腹を撫で、そんな妻を竜介は背中からそっと抱いた。三人の夜が静かに更けていく。