汗の臭い信じない
「待たせたな!」
公式ティーシャツにジャケットを羽織ったギタリストが、再びステージに上がる。抑え気味だった照明が一気に明るくなり、観客は拍手で演者達を迎える。
「1時間と言うのはあっという間でしたが、楽しんでもらえましたか?」
布袋と同じように、スタンドマイクに手を添えながらのMCだ。
「最後に、今まで輝かしい日々を共に過ごしてきたメンバーに。そして、“これから“も輝かしい日々を“共に”過ごしていくメンバー達に送ります。Glorious Days (輝かしい日々)」
布袋の1stアルバムであるGUITARYTHMの中で、晃汰が最も好む曲だ。アルバムバージョンのキーではなく、昨今のライヴと同じくキーを上げて演奏する。
英詩である歌詞の意味を理解できる者は、会場内では少なかった。とりわけ、英語が堪能な北川と清宮は、切ないこの曲の世界観を聴きとっていた。
アウトロ、やはり晃汰はアドリブのソロを入れた。2016年の代々木あたりから弾き始められたアウトロのソロは、年末の武道館でも継続された。その年も何度も足を運んで目の当たりにしていたから、晃汰はどうしても真似をしたかった。
「幕張最高、気持ちいい」
ギターをスタンドに立てた晃汰は、汗を額に滲ませながらマイクの前に立った。
「本当に好き勝手やらせてもらった1時間でした。こんなにBOØWYにCOMPLEXに、そして布袋さんを演れたのは皆さんのおかげです」
深々とお辞儀をしたギタリストは、一呼吸をいれてから再び、お馴染みの布袋モデルを肩にかけた。
「本当に最後に、俺が一番好きな曲を演らせてください。…夢という言葉がある限り、俺はこの曲を刻み続けます。Dreamin'」
アルバムバージョンではこれと言った評価のない曲だが、ライヴで披露されるこの曲の威力に対抗できる曲は他にない。コードを繰り返すシンプルなイントロから始まり、疾走感のあるAメロ、静かな情熱を秘めるBメロ、拳を振り上げたくなるサビ。様々な想いが詰まったギターソロと、晃汰は1988年の4人に近づこうとする。彼はいつだってBOØWYを超える事を目標としない、BOØWYに“なりきる“事をゴールにしている。
曲が終わり楽器が最後の咆哮を上げる中、LAST GIGSではお馴染みのCのペンタトニック・スケールをなぞったフレーズをギターが最後に響かせ、全てが終わった。
ギターをスタンドに置いた晃汰は乃木坂のツアーバスタオルを両肩にかけ、演者達と達成感に溢れた顔で握手を交わす。観客席とメンバー達がいるアリーナ席からは、大きな拍手と歓声があがっている。
「Thank You!また何処かで会いましょう」
最後の挨拶はとても短かった。他の演者が観客席に別れを惜しむなか、晃汰は真っ先に背中を向けてステージを降りた。
「ありがとうございました!」
ステージから下がる階段を降りきった所で、自分を囲むスタッフ達に晃汰は大きく挨拶と、頭を下げた。続いて降りてきたバンド組も頭を下げ、再び5人で感動を分かち合った。
「おつかれ!」
竜恩寺も駆けつけ、5人を労う。晃汰にとったらどんな評論家の評価よりも、この瞬間がたまらなく嬉しかった。
竜恩寺は続いて、晃汰からオーダーを受けていた冷えたシャンパンを取り出し、5個のグラスに注いだ。
「最高の夜でした、Thank You!!」
グラスを高々と掲げ、飲み干す。バンドマンを目指す連中が憧れる瞬間だ。
その様子を遠くから見ていた秋元と梅澤は、何とも言えない気持ちでいた。まるでギタリストが遠い存在のように思えてしまっていたのだ。
その時、遠くから呼ばれる声がした。その場を離れようと背中を向けた瞬間だったが、声だけで二人はギタリストが呼んだのだと理解する。
「やっぱり、乃木坂の横でギター弾いてる時が一番好きです。俺は誰かの横でしか弾けないギタリストだから…」
照れ臭そうに話すギタリストは、二人の顔を見比べた。そんな彼を、秋元は衝動的に抱きしめる。
この男に惚れ込んで正解だった。自分よりも背の高い人間を抱きしめるのは大変だったが、愛情表現には愛情表現で返してやりたかった。
「私も、ギター弾いてる晃汰が一番好き、大好き!」
「真夏さん、晃汰さんにくっつきすぎです」
静かにJealousy(嫉妬)の炎を燃やしていた梅澤は、強引に二人を引き剥がす。
「なんだよ、妬いてんのかよ」
秋元の残り香を味わう晃汰は、首筋の汗をタオルで拭いながら梅澤を見た。
「違いますよ…!」
まともな答えになっていなかった事は、本人が一番分かっている。茶化すような眼の秋元に促されるまま、梅澤はギタリストに本音をぶつける。
「あんなに輝いてるの見せつけられて、私たちのステージであそこまでキラキラしてないですよ?私たちがセーブさせちゃってるのかなって思っちゃったじゃないですか」
拗ねたような表情を俯かせ、梅澤は晃汰の肩を小突いた。
「そんな事、言ったことねぇじゃんかよ。勝手に被害妄想するんじゃねえ」
晃汰はぶっきらぼうに答えた。
「“コピー“はここまでだ、明日っからまた俺のセンスについて来てもらうぞ」
白い歯を見せる晃汰がやけに頼もしく思え、梅澤も秋元同様に汗に塗れた晃汰を抱きしめてしまった。
「馬鹿やろ、汗の臭いが付いちまうだろ」
「いいです、付いても。むしろ付けてください」
「キモ、離れろホラーマン」
この男に惚れ込んで良かった。梅澤は晃汰の香水の匂いを充分に堪能する。