乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト
















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14 THE FIRST TAKE
お手伝い
 晃汰と遠藤はマンションのエレベーターまで一緒に帰ってきた。彼女の部屋は晃汰の一個下の階にあったから、二人はエレベーター内で分かれた。箱が動き出す前に晃汰はふぅっと息を吹いた。一ヶ月の付け焼き刃で、果たして遠藤の歌声が“電波にのせられる“レベルにまで到達するのか、晃汰は不安でしかなかった。ツテに頼るしかない、晃汰は自分の無力さを痛感しながら玄関のドアを開ける。いつものように、鍵はかかってはいなかった。

「疲れて帰ってきて、こんな三人のシェフが夜ご飯用意してくれてるなんて、俺は幸せ者だな」

 途中にあるベッドルームには寄らずにそのままリビングに行くと梅澤と山下、与田がエプロンをつけてキッチンに並んでいた。

「今度の乃木中で料理対決があるので、その毒見になってもらおうと思って」

 いつになく真剣な眼差しの山下は、手元から眼を離さずに言った。

「ちゃんと食べれる物にしてくれよ」

 ソファに落ちた晃汰はフンと鼻を鳴らし、腕時計を見た。日本とロンドンの時差はマイナス9時間、逆算すると現地は日中である。晃汰はそれを確認すると、迷わず布袋に電話をかけた。


「出来ましたぁ」

 わざと滑舌を悪くして語尾を伸ばした梅澤が、山下と料理を持ってキッチンから出てきた。誰かに甘える時の彼女の癖である。

「お、美味そうだネ」

 手帳とスマホを片付けた晃汰は、更にテーブルの上を整頓して料理を置くスペースを作る。

「お仕事ですか?」

 与田が気を遣う。

「うん、そんなところ。お、ボリューム満点だな」

 答えつつ、晃汰は目の前に置かれたプレートを凝視する。オムライスにカレーとハンバーグ、焼いた野菜が添えられたわんぱくなワンプレートだ。

「まだあるとよ」

 そう言って与田は、サシの入った馬刺しを別皿で持ってきた。

「いやいや…なに、今夜誘ってんの?」

 頭上に「?」が浮かぶ与田の背後から猛スピードで梅澤は走り込むと、晃汰の背中に力一杯の平手打ちをお見舞いした。

「ジョークだろうよ…」

 晃汰はヒリヒリと言うよりズキズキする背中を摩る。

「年頃の女の子に言うジョークじゃありません」

 右手を広げながら、梅澤は晃汰を一喝する。

「年頃って言ったってお前達、一個ずつしか違わねえじゃん」

 晃汰は年下の順に梅澤、山下、与田と顔を見渡した。もう少し上下関係を、と晃汰はこれっぽっちも思ってはいないが。

「まぁまぁ。ほら、早く食べよ?」

 何故かまとめ役に回った山下が、エプロンを外して床に腰を下ろした。それを見た晃汰は、違う部屋から人数分のクッションを持ってきてやった。



「ん、美味いじゃん」

「でしょ?」

 一口頬張って眼を見開く晃汰を、山下は少し心配そうに見上げた。

「これなら、設楽さんと日村さんも参っちゃうと思うヨ」

「晃汰さんがそう言ってくれるなら、勝てそう」

 与田は眼を細めると、手を合わせて食べ始めた。

「どれが一番美味しいですか?」

 聞かなくてもいいのに、梅澤は二人をライバル視する質問を投げた。

「この中で一番なんて選べねぇよ。お前さん達が作ってくれたもの、みんな美味しいよ」

 空気を読んで、晃汰は当たり障りのない答えを返した。実際、甲乙つけ難いのは本当だった。 



「悪いな、後片付けまでやってもらっちまって…」

 手際よく空いた食器をキッチンに運ぶ三人を見ながら、晃汰は申し訳なさそうに顔を歪める。

「いいんですよ、私たちが勝手に用意したんですから」

 気を遣わないで、梅澤は再びエプロン姿になって袖を捲った。

「でも、なんかお酒が飲みたい気分になっちゃいました」

 テーブルを拭く山下は、とろんとした眼で晃汰を見た。

「ウチも、ビール飲みたくなってきたと」

 何かの配信で高山が言っていた言葉を、晃汰は思い出した。なんでも、与田は滝に打たれている女の子を見るとビールが飲みたくなるのだとか。

「あ、ビールあるよ。しかも、泡が出てくるやつ」

 そう言って晃汰は立ち上がると、洗い物をする梅澤と山下の背後をすり抜けて冷蔵庫の前に立った。中には缶ビールと酎ハイがキンキンに冷えている。

「んま〜い」

 口の周りを泡だらけにしながら、与田は眼を細める。山下はカシスビア、梅澤と晃汰はカシスオレンジをそれぞれ舐める。

「お酒弱いくせに、お酒は常備してるんですね」

 紅い泡を指で拭うセクシーな仕草を見せながら、山下は晃汰をせせら笑う。

「うるせぇな、嗜む程度だろうよ」

 晃汰は山下をキッと睨んで、梅澤のものよりも黄色に近いカシスオレンジを味わう。

「晃汰さんの、やけにオレンジ強くないですか?」

 梅澤は自分のものと見比べ、晃汰のグラスに手を伸ばす。

「ほぼオレンジジュースじゃないですか!」

 グラスを置いた梅澤は晃汰に突っ込む。

「だって俺、弱いからサ」

 晃汰は苦笑いをして、ツマミのビーフジャーキーを頬張る。

「つか、間接キスだろ」

 口の中の肉を噛み切る前に、モゴモゴと自身のグラスを指差す。

「ダメでした?」

 あっけらかんと梅澤は問うた。

「俺は別にいいけど…」

 悪い気はしなかったが形上、少し嫌がる素ぶりを晃汰は見せた。

「晃汰さんがいいならいいです。だって写真集撮影の時に…」

「それはほっぺだっただろ!?」

 晃汰はグイッとカシスオレンジを飲み干した。

「人の眼のない所で、熱々ラブラブの時間をお過ごしのようで」

 冷ややかな眼の山下は、冷蔵庫から冷ややかな二本目のビールを持ってきた。

「そういや、お前さん達の写真集には呼ばれなかったな」

 ハッとした顔つきに晃汰はなった。

「だって、晃汰さん呼べるオプションがあるなんて、知りませんでしたから」

「ウチも、呼びたかったけん…」

 山下と与田は不満そうな表情で晃汰を見た。

「そんなの知らねぇよ、呼べばよかったじゃんそんなの」

 どうする事もできない事を責められては、晃汰としてもあまり気分がいいものではないが、それでも同僚から欲されるのは嬉しかった。

「ところで」

 口調はそのまま、山下は話題を変えた。

「さくらちゃんと何処に行ってたんですか」

 山下の眼がギラリと光る。

「お前さん達には関係ないだろ」

「関係ありますよ、もし可愛い後輩に変な虫でもついたら…」

「勝手に男の部屋に上がり込んでよく言うぜ」

 晃汰は肩をすくめた。

「仕事、とだけ言っておくよ。まだ他に漏らしちゃいけない内容なんでね」

 空にしたグラスを持って立ち上がると、キッチンにそれを置いて大きく伸びた。晃汰のそんな動きを察して、三人も残りのアルコールを空けた。晃汰はそのまま洗面所に移り、歯を磨き始める。

「歯磨きに一回帰りますね」

 すっかりテーブルを片付けた面々は、鏡に向かう晃汰を覗く。

「そのまま帰れよ」

 口の中の泡をぺっと晃汰は吐き出して、鏡越しに三人を見た。そんな彼女らが言うことを聞く訳はなく、部屋に戻って寝巻きに着替え、 て枕を持参した。

「じゃあ俺は部屋で寝るかr」

「何言ってんですか、みんなで川の字で寝るんですよ」

 寝室に逃げようとする晃汰の部屋着を山下は引っ張った。もう何を言っても無理なのだと悟りを開くと晃汰は、物入れから緊急事態用の布団を取り出してリビングに敷いた。大人四人が大の字で寝ても余裕のある空間は、隣接する音楽スタジオとも相まって相当な広さである。

「もうこれ以上俺の心身を削るなよ。電気消したら発言禁止な」

 晃汰は部屋の電気をリモコンで消した。右には与田の背中とスマホの明かりで浮かび上がる梅澤の顔。左には山下のまん丸な眼がある。

「なに見つめてんだよ、寝ろ」

「あ、喋った」

 山下は暗闇の中で、晃汰の両頬を両手で挟んだ。

「罰ポイントです」

 晃汰の向こうに二人に気づかれぬよう、山下は静かに晃汰のおでこにKISSをした。

「罰ポイント返し」

 晃汰も山下の額にKISSをして、眼を閉じた。アラームはいつもの時刻に設定している、寝過ごすことはない。


 翌朝、予定通りにアラームの音で晃汰は眼を覚ました。1988年のDREAMIN'のイントロで、ヒムロのMCも含まれている。

「最後に夢を見ている奴らに送るゼ!」

 あまりにも有名なこのMCを聴いて晃汰の1日は始まるのだが、今 今朝は訳が違う。リビングには既に朝ごはんの良い匂いが充満していて、キッチンのエプロン三人娘が忙しなく働いている。
 
「アイドルよりも家政婦さんの方が向いてるんじゃないか?」

 冴えないジョークを振りまいて、晃汰の1日が始まった。

Zodiac ( 2021/11/26(金) 19:41 )