乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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13 同窓会
??曲目
「親友が結婚して子ども作ってるの目の当たりにして、こっちはまだ“純潔“なのに…奪ってよ、私のハジメテ…」

 やっとの思いで離れた晃汰は齋藤から離れると、彼女は唇を噛んで涙を堪えていた。

「誰とは言わないけど、彼氏作ってそれ見せびらかしてくるメンバーだっている。こっちは彼氏すら出来た事ないのに…」

 齋藤はギタリストを押し倒し、その上から馬乗りになった。溜めていた涙が頬を伝って、晃汰の顔に大きくはねる。長い髪を耳にかけ、意を決したように齋藤は再び晃汰と唇を合わせ、舌をぎこちなく押し入れた。

 アルコールとコーラの入り混じった匂いが口の中を漂い、画面(スクリーン)で見た舌の動かし方を齋藤は実践する。

「強引すぎるゼ…雰囲気もへったくれもあったもんじゃねぇな」

 両手を使って自分の身体から齋藤を押し離した晃汰は、口元についた唾液を丸首で拭き取る。頬を上気させた齋藤は、ペタンと女の子座りで晃汰を見つめる。

「性欲処理なら、幾らでも芸能界にいるだろうが。いっときの感情だけで、自分の初めてを無駄にするんじゃねぇ」

 やけに渇いた喉をコーラで潤した晃汰は、乱れた部屋着を整える。齋藤はいつになく反省の色を、正座で体現する。少し落ち着き、先程まで上がり気味だった呼吸も今は落ち着いている。

「だって、晃汰の事が好きなんだもん…」

「それはそれで嬉し…くない訳ではないけど、それを実行に移しちゃいけないのは、お前さんがよくわかってるだろ。“俺たち“は特殊な職業なんだから…」

 それでも何処か寂しげに眼を俯かせた晃汰は、齋藤を優しく抱き込んだ。

「けど、同僚から好かれるのも嫌いじゃない。最近、ゴブサタだからドキッとしちまったよ」

 ダメな男だと晃汰は自己嫌悪に陥るが、眼の前にいるエースが愛おしく思えてしょうがなかった。

「じゃあ、シようよ」

 齋藤は晃汰の腕の中から顔を上げた。

「馬鹿野郎」

 彼女の額に小さく頭突きをする。乃木坂のエースから誘われる事がこれ程までに嬉しく、興奮するものだとは思わなかった。職業もプライドも彼女も捨てるならば、今すぐ齋藤を抱くだろうが、そんな事を晃汰に出来るはずもなかった。

「でも、晃汰になら抱かれてもいいよ」

「だから…」

「分かってるよ。でも、好きなのも本当だから」

 尚も迫ってくる齋藤の頭を、晃汰はこれでもかとグシャグシャに撫でた。立場と理性が仕事をしているから彼は間違いを犯す事はないし、齋藤も齋藤で晃汰の正義を信じているから、今夜も部屋に上がり込んでいる。

 もうとっくに日付を跨いだ時計を見て、晃汰は大きく欠伸をした。内容の濃い時間を過ごしたから、心身ともにベッドを求めている。だがしかし、メンバーを部屋に泊める時の自分で決めたルールは守りたかった。

「え?もう寝るの?」

 自分を置いて歩き出した背中に、齋藤は尋ねる。

「今何時だと思ってるの、お嬢さん」

 振り返らずに晃汰は洗面所に入ると、歯を磨いてマウスウォッシュまで終えて再びリビングに戻ってきた。

「飛鳥はベッドで寝ろ。俺はソファで寝るから」

 晃汰は親指で寝室を指さす。

「えぇ〜?一緒に寝たかった」

 不満そうな顔をする齋藤は、身体をブンブン振って抗議する。

「馬鹿野郎。同僚と同じベッドで寝れるか」

 早く歯磨いて来いよ、と付け加えて齋藤を廊下に追いやると、その間に晃汰はベッドルームから予備の枕と毛布を持ってきてソファにセットした。

「明日…ってか朝は何時に出るの?」

 歯磨きを終えた齋藤がリビングに再び現れる。

「ん、9時とか10時かな。午前中は俺も仕事ないし。…そっか、一緒に出なきゃだもんな」

 ソファに寝転がった晃汰は、合点がいったように頷いて齋藤を見上げた。

「じゃあ、7時くらいに起きてくるね」

 齋藤は立ったままスマホのアラームを設定した。壁紙には何時間か前に撮った晃汰とのツーショットに、既に変更されている。

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ。…ありがとね、楽しかったよ」

 齋藤は小さく頭を下げた。

「俺は引率しただけだよ、気にするな」

 仰向けのまま、晃汰はかぶりを振る。

「…じゃあ、一緒に寝…」

「馬鹿野郎。さっさと寝ろ」

 最後の抵抗も虚しく、晃汰の方が何枚も上手だった。齋藤は諦めてリビングを後にし、ベッドルームに入った。黒を基調としたシンプルな部屋に大きなベッドが置かれ、その脇のナイトテーブルにはいつかのライヴ直後に撮った全体写真が飾られている。布袋寅泰のギター柄(ギタリズム柄、通称“G柄”)があしらわれたクッションと毛布がベッドの大半を占めていた。
 齋藤は自宅よりも大きなベッドに倒れ込み、グッと枕に顔面を押し付けると、晃汰がいつもつけているダンヒルの香水が鼻腔をくすぐる。布袋さんと同じ香水だと言うことをいつも自慢している彼の横顔が、いつになく鮮明に思い出された。



「凄え寝癖だな」

 朝日が昇ってリビングに入ってきた齋藤の頭を見て、ソファで寝転ぶ晃汰は思わず目の高さにあったスマホを胸に下ろした。まるでラストライヴのBOØWYのような髪型の齋藤が、眠い眼を擦っている。

「うるさいな…」

 初めて男のベッドで寝た齋藤は、熟睡することができずに何度も寝返りを打った。その代償として、今すぐにでもジャンポール・ゴルチエの衣装を纏って東京ドームのライヴに臨めるくらいの髪型に仕上がった。

「朝飯にするか」

 大きな欠伸を一つすると、晃汰はキッチンに向かった。

「私も…」

「君は人前に出れる格好になってきなさい」

 大きく手のひらを向けられては、それ以上進もうとする気は起きなかった。

「わかったよ、ありがとう」

 昨日から感謝する事がいっぱいだなと、齋藤は化粧道具を持って洗面所へ行って身なりを整える。その間に、もしも同棲したらというIF(イフ)を想像して、ひとり齋藤はチークのせいには出来ないほど、頬を赤くした。

 朝食の片付けを終えて、晃汰も外に出れるよう準備を整えた。と言っても、髪を溶かして歯を磨いただけだ。

「はやっ」

 リビングでスマホをいじっていた齋藤は、いま洗面所に向かったはずの晃汰に驚いた。

「男の準備なんかこんなもんだよ」

 晃汰はジャケットを羽織りながら答える。

「でも、ライヴだとメンバーより準備長いじゃん」

「まぁな。髪立ててメイクしなきゃだしな」

 事実、理想のギタリストに近づく為に、およそメンバー達の倍くらいの時間を使ってライヴ前、晃汰はメイク・アップを施す。髪型は往年の布袋スタイル、眼元は1987年12月24日の氷室京介…いつだってその二人が、今の晃汰を作り上げている。

「じゃ、行くか」

 景気付けのブラックコーヒーを飲み終え、晃汰は腰を上げた。

「うん」

 齋藤も砂糖とミルクで甘くしたコーヒーを飲みきり、紙コップを捨てて立ち上がった。去り際、恐らくこれからも来るであろう部屋を視線の端で見てから、晃汰の後を追って外廊下に出た。鍵は“いつも“の通り、かけてはいない。

■筆者メッセージ
今回、だいぶ遅れてしまいましたね、すんません。
Zodiac ( 2021/10/08(金) 19:42 )