??曲目
「晃汰の部屋来るの、久しぶりだね」
いつかの正月パーティーを思い出して齋藤は、当時に大皿を平らげたリビングに向かう。
「まぁ、そんな頻繁に来られてもな」
一息遅れて部屋に入った晃汰は、ベッドルームでスーツを脱いで部屋着になった。お気に入りのスーツだったから、シワをつけたくないのだ。
「ほら、早く呑むぞ」
ビニール袋に入れられた数多ものツマミと酒をテーブルに出し、齋藤は晃汰を催促する。
◇
二人は当初、齋藤の部屋で飲み直そうと考えたが、諸々を考えると寮である晃汰の部屋の方が、何かと都合が良いことに気づいた。そこで一度、齋藤のマンション地下駐車場に車を停め、急いで齋藤は泊まれる準備をバッグに詰め込んで、再びマシンに戻った。
「じゃあ、大人しくしてな」
晃汰はバッグを後部座席に、そしてお姫様抱っこで持ち上げた齋藤をトランクに落とした。晃汰が使う、いつものカムフラージュだ。途中のマーケットでも齋藤は降りる事ができなかったから、予め酒とツマミの希望を晃汰に伝えておいて、最後の最後まで彼女はトランクに大人しく収まっていた。
◇
「ありがとね今日、ついてきてくれて…」
畏まった齋藤が、少しだけ頭をペコリと下げた。
「え?いや、全然いいよ」
まさか彼女から改まったお礼をされるとは思っておらず、晃汰は少し驚きながら缶チューハイのプルタブを捻った。同僚が一般人の同級生とどのように接するのか、晃汰としても興味があったから、特に苦を感じることはなかった。
「みんな、結婚とかするんだねぇ」
齋藤も柑橘系の缶チューハイを開けると、グビグビと喉に流し込んだ。
「そんなに早酒すると、後に響くぞ」
タイムセールで安かった刺身をつつきながら、晃汰は目の前で缶を持つエースを一喝する。
「だって、酔いたいんだもん」
齋藤はなおも飲み進めるが、それに晃汰はストップをかけた。
「なんか嫌なことされたのか?」
彼女が持っていた缶を遠ざけると、晃汰は代わりにジュースを置いてやった。
「だって…」
その後は下を向いてブツブツと唇を動かすだけで、齋藤の言っている事が晃汰には聞こえなかった。
「もうちょいハッキリ言ってくんないとわからねぇな」
ウジウジする奴は嫌いだ、それは言えなかった。
「私だけ取り残されてるみたいで…」
「そりゃ、こんな仕事してれば取り残されるだろうに」
今更かよ、と晃汰は付け加える。
それからまた、沈黙の中で齋藤は酒を煽り続けた。もう何を言っても聞かないと踏んで、晃汰も取り立てて止める事を諦めた。何かの拍子に深酒する事を想定して、彼女の翌日の仕事をセーブしておいたのは、我ながら良い仕事をしたと晃汰は思った。
だが、そんなこんなでも晃汰は齋藤にストップをかけた。目の前に空き缶が何個も転がると言うのに、これからワインを飲み始めようとすれば、さすがに晃汰は止めに入る他なかった。
「ケチ」
言動からはそこまでの酔いは確認できなかったが、それでも一応アイドルだから晃汰は睨んでくる齋藤の額にデコピンをして、ワインのボトルを遠ざけた。
「明日、顔浮腫んでも知らないからな」
それでも小さい部類に入るだろうなと晃汰は一人で笑い、同時に、太りに太ってようやく通常サイズの顔になった齋藤を、少し見てみたくなった。
夜も深まり、とうとうシンデレラの魔法が解けた。酒は余ったがツマミを食い潰した二人は、どちらからともなく顔を見合わせて片付けを始めた。
「先、風呂入ってきなよ」
あとは俺がやるから、と晃汰は齋藤をバスルームへやった。悪いなと思った齋藤だが、ここは部屋の主人の言葉に甘え、着替えとスキンケア用品を持ってバスルームに向かった。
「私より良いシャンプー使ってやがる」
割と綺麗に並べられたボトルたちを湯船から眺め、垂らした前髪に息を吹きかける。どこかガサツでアバウトな性格かと思っていた晃汰の、意外な一面を見れた気が齋藤はした。お手洗いにしたって風呂場にしたって、しっかりと手が行き届いていて日頃の気遣いがうかがえる。
「お先」
汚れと化粧をサッパリ落とした齋藤は、持参したバスローブに包まってリビングに現れた。すでにテーブルの上は綺麗に片付けられており、テレビのリモコンと二人のスマホしか置かれていない。
「じゃあ俺も」
そう言って晃汰は立ち上がり、一度バスルームを過ぎて寝室にあるクローゼットから着替えを持ち出し、洗面所へと入った。湯船には浸からず立ったまま全身を洗い終え、違うダサい部屋着に着替える。その時、晃汰はカゴの淵にかけられた見覚えのない女性物の下着を見つけた。
「…飛鳥、下着置きっぱだったぞ」
あえて持ってくることはしなかった。いくら気心知れた同僚とは言え、最低限のマナーは守っていたい。
「本当?ごめん」
サッと立ち上がった齋藤は、晃汰と入れ替わる形で洗面所に向かった。晃汰はそのままキッチンの冷蔵庫からコーラのボトルとグラスを二つ持ってリビングに入る。
「いつもの癖で置いちゃった」
恥ずかしがる訳でもなく、齋藤はエロティックな紫の下着をカバンにしまってから、座布団に腰を下ろした。
「そんだけ寛いでくれると、こっちも嬉しいけどね」
彼女の前に置いた氷入りのグラスにコーラを注ぎ、続いて自分のグラスにも炭酸をいれた。正直なところ、気を使われて萎縮されるよりも、我が家のようにだらしなく寛いでくれる方が、迎えた側としては気持ちが良い。
「晃汰は、まどかさんとどんくらい付き合ってんの?」
半分を残してグラスを置いた齋藤が、テーブル越しに尋ねる。
「んー、どんくらいだろ。俺らが中学生の頃からだから…」
10年くらいかな、と晃汰はグラスに口をつける。雑音の無い空間にグラスとテーブルがぶつかる音だけが響き、深夜の静寂を守っている。
少なくなった齋藤のグラスにコーラを注ごうとボトルを手にした晃汰を、当の本人が止める。
「大丈夫だよ、ありがと」
グイッと飲み干すと、これで終わりと言わんばかりに齋藤はグラスを持って立ち上がり、キッチンに向かった。
「置いといていいよ、明日洗うから」
今日はもう寝るだけの体力しか残っていなかった。大きく背伸びをする晃汰は、首を左右に振って肩周りを癒した。
「ねぇ」
体重の軽さからくる小さな足音が背後で止まり、話し掛けられた晃汰は上半身だけを捻って振り向く。温いコーラの味が齋藤の口唇(くちびる)を介して口内に広がり、離れようにも彼女の両腕が後頭部をロックしている。
乃木坂には欲求不満者しかいないのか。メンバーから二度もKISSをされてしまうのは自分にも問題があるのではないか。晃汰は自身の責任を感じながらも今回は“ひとつ“にならない事を祈り、齋藤の“こども“なKISSを受け入れる。アノ時と同じように、自分と同じ匂いを纏ったKISSだ。