??曲目
「ディズニーがタワシに化けたな」
今にも泣き出しそうな顔をして戻ってきた齋藤の手には、毬栗のような二つのタワシがあった。
「ディズニー行きたかった…」
齋藤は一つをポイッと晃汰に放った。
「いつでも行けんだろうが。いつも人の誘い断ってるのは、何処のどなたでしたっけ?」
乃木坂の間では、仕事終わりや急遽前日に決まったオフに、ディズニーフラッとディズニーに行く事が頻繁にある。晃汰も何人かのメンバーとお忍びで行く事があるが、そのどれにも齋藤は顔を出さない。
「だって、オフはゆっくりしたいじゃん」
齋藤は頬をパンパンに膨らませたが、それでも顔の小ささは健在である。
「まぁそうだよな」
その頬を晃汰は両手で潰しながら頷く。事実、休みは突然に訪れるからオフは死んだように寝ていたいのが、晃汰もメンバーも共通している。
その後は当時の担当教師たちの言葉や運営委員長の締めの挨拶、各クラスの集合写真撮影などが行われてお開きになった。その様子をまたも晃汰は遠くから眺めていた。齋藤と新田夫妻は3組で、仲良く隣り合って写真に写った。
「締めにラーメンでも行くかな」
腕時計はまだ20時を少し回っただけで、晃汰は少しの空腹感を覚えている。
「晃汰!!」
遠くから大きな声で呼ばれ、本人は怪訝な顔でその方を見る。細長い齋藤が大きく右手を挙げて呼んでいる。
「何かの仏像みてぇに細長ぇな」
彼女にたどり着くまでの間に、晃汰は独り言を呟く。乃木坂のメンバーは全体的に細いが、齋藤はその中でも群を抜いて細長い。
「二人で写真撮ろうよ!」
「バカか、なに青春時代に逆戻りしてんだよ」
晃汰は迷わず齋藤にツッコミを入れた。恐らく焚き付けたであろう新田夫妻が、傍でニヤニヤとしている。そして齋藤は、本当に媚びる時だけに使う上目遣いを、これでもかと晃汰に向ける。そんな眼をされてしまえば、晃汰も断るに断れない。
「わかった。じゃあ、俺の指定したポーズでな…?」
条件付きでOKを出すと、齋藤は眼を細めて大きく頷いた。
「え…本当にこれで撮るの?」
配置とポージングをキめた齋藤は、隣で同じようにポーズをとる晃汰に尋ねる。
「当たり前だろ。仲良く肩並べて撮れる訳ねぇだろ」
既にノリノリの晃汰は、脚の角度から視線の送り方まで、“手本“に忠実に再現している。
晃汰がニコニコしながら提示した“手本“は、BOOWYの5thアルバム・BEAT EMOTIONのジャケット写真だ。マイクスタンドを右手にしゃがみ込むようなヒムロに、ギターを携えて振り向くようなホテイ…
「二人でポージングって言ったら、これしかないよネ」
眼がマジだった。齋藤はやれやれと肩を落とす仕草を見せるも、晃汰とツーショットを撮れるならと嫌々ポーズを決める。
「完璧じゃん」
手渡されたスマホを見て、晃汰は嬉しさを隠せない。長年の夢がこんな所で叶うなど、正に夢にも思っていなかった。
「お前の趣味は分からん」
腕を組んでプイッと背中を向けた齋藤だったが、頬は緩みっぱなしだ。ちょうど新しいツーショットをスマホの待受にしたかったから、齋藤にとっては都合が良かった。
「明梨、お腹に赤ちゃんいるんだってさ」
マシンが地上に出てから少しした頃、都内の街灯に照らされた齋藤は、親友一家に新たな命があることを運転手に話す。
「あぁ、そんな気はしてた。竜介はまだしも奥さんの方も酒、飲んでなかったからな」
予想は当たっていた。恐らく発覚してそんなに経っていないだろうと、晃汰は数時間しか会っていない明梨のスタイルを思い返す。
「あの明梨がママになるなんてねぇ」
そう言って齋藤は弄っていたスマホをセンターコンソールに置き、天井を押すように大きく伸びた。
「俺の同級生だって、結構子どもできたの、多いぜ」
竜恩寺伝いに同級生達の近況を晃汰は知っていた。焦りも劣等感も感じず、彼は素直におめでとうと心の中で感じている。我々の職業は特殊である事は本人達が一番理解しているから、たとえ晩婚になったとしてもそれは致し方が無いことと、ある種の割り切りをそれぞれがそれぞれの解釈でしている。
「そんな子じゃなかったんだけどなぁ…」
両手を頭とシートの間に置いた齋藤が、思いもよらない言葉を発した。何かを感じて、晃汰はすぐに返事をしないようにした。
「彼氏ができなくて、『私は結婚しないよ』なんて言ってた明梨がさぁ、結婚なんてね」
齋藤の中にはまだ制服姿の明梨が、屈託のない笑顔を振りまいている。
「新田は良い奴なんだけど、まさか明梨と結婚するとはねぇ」
晃汰に付き添ってもらって正解だった。3人でも楽しい会話は出来たんだろうけど、晃汰という潤滑油がいた事で、その何倍も楽しい話ができたと、齋藤は隣のギタリストをチラリと見た。
「なんだよ」
信号待ちで視線に余裕のあった晃汰は、齋藤と眼が合う。
「なんでも」
気恥ずかしさから齋藤は、晃汰の左肩に“でこぴん“をした。
「新しい恋なんぞに気付かないからな」
ギアをローに入れた晃汰は、今度は助手席に向かずにクラッチを繋いだ。
「ねぇ、この後予定ある?」
信頼している人間にしかしない、飾り気のない低い声で齋藤は尋ねた。
「帰って今日の阪神の録画見ながら酒飲むだけ」
愛する虎がどんな試合をしたのか、晃汰の日課である。
「じゃあさ、ウチで飲まない?」
走行中だと言うのに、晃汰は思わず横を向いてしまった。その先には、酔ってうっとりとした笑顔の齋藤が、真っ直ぐに見つめてきていた。