??曲目
予定時間を少し過ぎて会は始まった。本来の同窓会ならば、輪の中心に成績優秀な奴やスポーツ万能な奴、学園祭で爆笑を取るような奴がいる訳だが、今夜の同窓会は一味違った。人だかりは齋藤を囲む大きな渦と、ギタリストを囲む“野郎“達の小さな輪で構成されていた。
主役よりも目立つ事はしたくないと晃汰は当初、オーラを消して会場の端っこに陣取った。遠くに齋藤がいるのは目線で捉えているが、すぐに人だかりがそれを遮った。今夜の使命はエスコートであって護衛ではない、晃汰は下唇を突き出して額に息を吹きかけると、手に持っていたコーラのグラスに口をつけた。
「あの、晃汰さんですよね…?」
視界の外から声が飛んできた。晃汰はゴクリとコーラを喉に通し、声のする方へ身体ごと向いた。
「晃汰さんのインスタ、いつも見てます。あの、晃汰さんのギターが好きです」
黒縁眼鏡をかけた少しインテリっぽい青年が、緊張した面持ちで訴える。
「ありがとう。でも、あのスタイルは俺のオリジナル(個性)じゃないんだ」
晃汰は苦笑いを浮かべながら青年の肩を叩いた。
聞けば、彼は乃木坂にそこまでの興味は無いものの、回数こそ少ない中で乃木坂のライヴに足を運んでいた。勿論、同級生である齋藤が躍動しているのも眼に焼き付けているが、青年の視線は常にギタリストにあった。個性的なサウンドに個性的なステージング、そして個性的な衣装。高校生の頃にギターを触って以来、青年もいちギターキッズとして生きてきた。そんな中で同窓会専用のグループLINEに、とあるメッセージが投下された。乃木坂46の齋藤飛鳥と、そのギタリストである晃汰が来ると言うのだ。学生時代に齋藤とは同じクラスで同じ委員会だった。これはもしたして、青年は淡い期待を持ってこの同窓会に足を運んだ。
「じゃあ竜介は、いまは何処にも入ってないんだ?バンド、やればいいのに」
竜介は青年の名前である。もうすっかりアイスブレイクに成功してしまった二人は、晃汰はコーラを、竜介はオレンジジュースを片手にギター談義に花を咲かせる。
「いやぁ、なかなか合う所がなくて…」
竜介は後頭部に手をやって小首を傾げた。
「勿体ない、どんどんバンドやれよ」
晃汰はコーラを飲み干すと、おかわりをもらおうと一歩前に出た。
「コーラで良いですか?」
気を利かせた竜介は空いたグラスを受け取り、すぐにバーカウンターへと走った。
「随分仲良くなってるじゃん」
カシスオレンジを持った齋藤が、群衆の間をすり抜けて晃汰に歩み寄った。質問責めにとっくに愛想を尽かしたのだ。
「あぁ、俺のギターが好きだってサ」
変わってる奴だよ、と晃汰は付け加える。
「でも、内心は嬉しいんでしょ?」
少し紅潮した頬の齋藤は、悪戯な笑顔を向ける。
「あぁ、だいぶな」
そこへ竜介が二つのグラスを持って戻ってきた。
「あれ、知り合いだったの?」
“乃木坂46の齋藤飛鳥“に初めて会う竜介は、とぼけながら二人に割って入った。
「久しぶり、新田」
「齋藤こそ。凄えテレビ出てるじゃん」
その時、晃汰の頭の中で何かが引っかかった。竜介の左手のリングに、齋藤が彼のことを新田と呼んだこと。そしてロビーで出会った齋藤の親友の事を。
「竜介。もしかして君の奥さんて、この辺にいる?」
少し眉を顰めて晃汰は訊いてみたが、答えは予想通りだった。竜介と明梨は同じ指輪をはめていたのだ。
「そうならそうと言ってくれればいいのに、水臭いな」
今の今まで真実を知らなかった齋藤も、眼を白黒させながら明梨の肩を小突く。
「だって、大っぴらに言う事でもないかなぁって」
明梨は手に持っていたオレンジジュースを齋藤の攻撃から守るように、身体を丸める。晃汰はこの時、夫妻ともにアルコールを飲んでいない事に気づく。竜介は運転があると考えれば妥当だが、明梨の方はもしかすると…そこまで考えを巡らせたが、プライベートな話を晃汰は避けた。
「結婚かぁ、良いねぇ」
詮索していた事を誤魔化すように遠い目をした晃汰は、受け取ったばかりのコーラを一口グイッと喉に通した。我々はいつ結婚するのだろうかと、見たこともない森保のウェディングドレス姿を思い浮かべた。
「晃汰さん、彼女は…?」
竜介が躊躇いがちに尋ねる。
「どうだろうねぇ」
いくら同僚の同級生とは言え、素直に答えることはしない。晃汰はその場をはぐらかすと、食べ物の置かれたカートへと歩き出した。
会も深まり、場は大いに盛り上がっている。あまり騒ぎの好きでは無い齋藤も、この日ばかりはと多少頬を引き攣らせながらその輪の中心にいた。晃汰はと言うと、やはり自分に興味のある何人かと会場の片隅でジュースを飲んでいる。
「つくばの本コースで突っ込んでさ、あん時は死ぬかと思ったよ」
今度は車に興味のある連中が晃汰の周りを取り囲む。好きな事の話題だから、晃汰の口が休まるはずがない。
「ブレーキング、ミスったんですか?」
同じく筑波サーキットを走ったことのある連中が、コース図を頭に思い浮かべる。
「いや、シルビアが寄ってきてさ。ヘアピンで咄嗟にカウンター当てたけど、無理だった」
あの時の衝撃は今でも忘れられないよ、晃汰は懐かしむようにコーラを口に含んだ。
やがて運営主催のビンゴ大会が始まった。晃汰もビンゴカードを渡されてはいたが、会費は齋藤が払ったし、外様の自分が景品に当たりでもした時の地獄絵図を考えて、その役は齋藤に委ねた。
「当選確率2倍だ、ディズニー当てろよ」
この日の一等はディズニーリゾートのペアチケットだった。
「任せなさいよ」
齋藤は無い胸を懸命に反らして、カードの真ん中を押し開けた。
「おぉ、気合入ってんネ」
晃汰は再び、人だかりからコーラと共に離れた。齋藤がどんな表情で戻ってくるのか、楽しみで仕方がない。