??曲目
高級ホテルの地下駐車場だけあって、停まっている車も相当なものだった。メルセデスやBMWは当たり前、マセラティにベントレー、極め付けはマクラーレンやブガッティだ。
それでも職業柄、高価な車を嫌と言うほど見ている晃汰に、車の価値にイマイチ疎い齋藤の二人にとったらどうってことはなかった。空いているスペースに滑り込むと、ハンドルロックをしている間に晃汰は齋藤を先に降ろした。地上に向かって伸びる齋藤の身体は、言ってしまえば平坦だ。
「いま、私の事見てただろ」
ハンドルロックもドアロックもかけ終えて地上に続く出入り口へ向かう途中、齋藤は晃汰を見上げた。
「見てねぇよ」
突っ込まれてもめんどくさかったから、晃汰はぶっきらぼうに答えてネクタイを直すフリを始めた。特に崩れてはいなかったが、カモフラージュには最適かなと、瞬間的に判断してのことだ。
無機質な地下駐車場には晃汰の踵、齋藤のハイヒールがそれぞれコンクリートの床を叩く音がこだまする。まるで布袋寅泰のGlorious Daysの冒頭のように、空気すら存在しないのではないかと思うくらい、ただ足音だけが響き渡る。
やがて二人はエレベーターに乗り、地上のロビーを目指す。高級感がこれでもかと表現されたボタンを押した晃汰に、齋藤はピタッと身体をくっつけた。
「やっぱり緊張してんだろ」
齋藤の薄い胸から早くなった鼓動を感じ取る。晃汰はポケットから左手を出すと、彼女の冷たくなった右手を握った。
「うん、だいぶ…」
か細い声で齋藤は答えた。
「着くぞ、気合い入れろ」
もうすぐ1Fを表示しようとする液晶を見て、晃汰は隣の齋藤に声をかけた。その言葉をきっかけに齋藤はエスコート役の晃汰から距離を取って、黒いカクテルドレスの裾をはたいた。晃汰も今度こそ、ネクタイを締め直した。
チャイムと同時にエレベーターの扉が開き、受付をしている連中や立ち話をしている連中は一斉にそっちの方に視線を送る。次は誰が来る?久しぶりの再会が連発する同窓会ではお馴染みの光景だ。その度に誰かが懐かしみの声をあげ、握手をしたりハグをしたりする。
青いスーツのギタリストと黒いドレスのアイドルが登場した時の反応は、一言で言うと“無“だった。静まり返る群衆の中を通り抜け、齋藤が代表して二人分の受付を済ませる。自分が誘った手前、晃汰が渡してくる会費を齋藤は断固として受け取らなかった。
「まだあと30分は待ちだって」
パンフレットや飲み放題用のカードなどを高級バッグに押し込みながら、齋藤は晃汰に近づく。
「だいぶ早く着いちまったな」
晃汰は高級時計を見ると顔を顰めた。
「全然良いじゃん。ちょっと、歩こうよ」
そう言って齋藤は晃汰のスーツの袖を引っ張った。彼女は、この“同僚“と一緒にいる事を他の同級生たちに見せびらかしたかった。それは今夜の彼女の高級なドレスや高級なバッグよりも、見てほしい所だった。
「うん、良いよ」
晃汰も齋藤の言わんとしている事が分かっていたから、二つ返事で彼女の隣に収まった。手こそ繋がないが、ビジネスパートナーを超えた二人がそこにはある。
「アスカ!!」
遠くで自分を呼ぶ声がして、齋藤は足を止めて振り返った。晃汰も同じタイミングで立ち止まると、首から上だけを後ろに向けた。
「会いたかったよ、アスカ!」
焦点を対象物に合わせる頃には、もう既に物体が齋藤の身体を包み込んでいた。それを彼女は正面から受け入れていたから、きっと例の親友なのだと晃汰は察した。
「私も会いたかったよ、アカリ!」
感動の再会だわ。晃汰は自分が何かの障がいになってはいけないと、ゆっくりとその場を離れようとした。
「アカリ、この人が言ってた晃汰ね!」
興奮冷めやらぬまま、齋藤は隣のギタリストを旧友に紹介した。前もっての電話で粗方の紹介はしていたが、齋藤は直接会わせて紹介させたかった。
「新田明梨(にったあかり)っていいます、昔は古田明梨(ふるたあかり)だったんですけどね」
ペコリと頭を下げる新田の左手には、キチンと指輪がはめられていた。晃汰も礼儀を重んじて背筋を伸ばすと、軽く会釈をした。
「丸山と申します。ご結婚、誠におめでとうございます」
執事時代に叩き込まれた身のこなしは今も健在で、こういう社交の場では平均よりも少しだけ高い身長も手伝って、より一層際立つ。
「たぶん分かってると思うけど、あの子がアカリね?」
新田を含むグループと別れた直後、隣を歩くギタリストに齋藤は確認を入れた。
「分かってるよ。だから結婚おめでとって言ったんだよ」
俺を誰だと思ってるんだ、その言葉が喉まで出なかったが今夜の主役を不機嫌にさせてはマズイと、晃汰は自重した。代わりに、右の腕をくの字に曲げて身体との間に隙間を作った。
「エスコートって、腕を組むことも含まれてるんだぜ。カップルじゃなくてもな」
その瞬間、パッと表情をさらに明るくさせた齋藤は晃汰の右腕に左手を通した。
「気がきくじゃん」
あくまでも上から目線、けれども内心は嬉しかった。竜恩寺には悪いけどこの男を選んで良かった、齋藤は晃汰の振る舞いに満足しながら、パーティーが始まるまでの時間を有意義に過ごした。