乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト













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12 フィンガークロス
??曲目
「終わったぁ!」

 廃墟の鉄鋼プラントに晃汰の声が響き渡る。その直後に至るところから拍手が沸き起こり、晃汰は竜恩寺とハイタッチを交わす。

 二日間に渡るMV撮影はモンスターマシン達の協力も手伝って、滞りなく全てを撮り終えた。晃汰はもとより裏での竜恩寺の働きは素晴らしく、晃汰がギタリストとして、クリエイターとして専念できる最大の要因にもなっている。


 撮影を終えた一行は、例の通りに旅館へと戻ってきた。前日にも温泉と美味しい食事で癒されてはいたが、後世に残る映像を撮る為に演者は撮る側よりも気を張っていないといけない。それ故に心身共に疲れるレベルも半端なものではない。今夜はとことん温泉と酒に溺れたいと思っている連中も、そんな背景から少なくはなかった。そのうちのに晃汰や竜恩寺も含まれている。

「今日はもう何もしない。温泉入って刺身食って、温泉入って刺身食う」

「それ、川藤幸三の真似をする松村邦洋」

 疲労困憊なのに、晃汰と竜恩寺は大勢の前でちよっとしたコントを始めて場を和ませた。年齢の分だけ一緒に過ごしてきた二人だから、息が合うのは当然のことである。

 温泉も食事も終え、各々は自由時間に入った。更に呑む者、温泉に再び入る者、ロビーで寛ぐ者など様々で、晃汰も御多分に洩れず自室で缶チューハイを片手に、持ち込んだBOOWYのライヴDVDを観ている。疲れた夜の彼の日課である。

「かっこいいなぁ…」

 溜息と感嘆の声しか晃汰は出せない。ミュージシャンとしての在り方、言動、仕草を全て吸収しているつもりなのに、いつになっても追いつくどころか近づけない。ただただかっこいい、画面に齧り付くように前傾姿勢になっている晃汰だったが、呼び鈴が鳴れば腰を上げなくてはならなかった。

「誰だよ、いいトコなのに」

 何処を切り取っても良い所だが、晃汰は舌打ちをしてドアを開けた。

「パーティーがあるって聞いたから」

 小さく開けられたドアの隙間から、秋元がひょっこり顔を出す。晃汰の影響で米映画のエクスペンダブルズを観てしまっている彼女は、劇中での台詞を引用した。

「ありますけど俺のパーティーですよ」

 シルヴェスター・スタローンの台詞を晃汰がパクって返すと、秋元はニッコリと笑って扉を大きく開けた。彼女の背後に待機していたメンバー達は後に続くようにドカドカと部屋に雪崩れ込み、二つあるベッドに腰掛けた。

「熟女の押し売りですな」

 二つあるベッドに腰掛けた面々を見渡した晃汰は、ドアに鍵をかけた。このタイミングで松村を含めた年長組が訪ねてくる事に、晃汰は何かを察したのだ。

「熟女枠はまいちゅんだけやで」

 松村は歯を見せる。

「いや、アンタも一個しか変わらないからね?」

 袋に入った缶を取り出す新内は、隣に座る松村の肩を小突く。それを晃汰は鼻で笑うと、小物や端末が散らかる小さなテーブルを片付けてベッドとベッドの間に据えた。


 缶チューハイとお菓子、熟女とギタリストで二次会は始まった。この時期にこのメンツで押しかけて来るのには理由がある、晃汰は松村の決意を聞いていたから、この四人が集まる事を察した。

「いつまでですか?」

 話の糸口は晃汰が作った。関係のない雑談をしているが、腹の中では誰しもがその言葉を切り出さなければならないと思っていた。

「うん?このシングルの活動まで」

「そうだ、聞きましたね」

 時期は卒業を知らされた時に聞いていた事を、晃汰はすっかり忘れていた。忘れたかったから都合が良かったのかも知れないけど、どう現実逃避をしたって彼女が切ったカードを手札に戻すことはない。それを分かっていたから、尚のこと晃汰は切なくなって缶に口をつける。

「卒業した後は何するの?やっぱモデルとか?」

 ホットパンツにモコモコの上着を羽織った刺激的な新内が、ポテチをつまみながら松村を見た。

「うん、そのつもりやけど、お芝居とかもやってみたいなって思ってる」

 みんなそう言うよな、晃汰はあえて会話から引いて缶チューハイを飲み進める。
 出来ることなら彼女の卒業を食い止めたかった。ビジネス的にも、精神的にも。急速な世代交代は眼に見えていて、上層部は何も言わない代わりに行動で示している。経験が浅い四期生を大量に選抜メンバーに抜擢する等、内外からでも一眼でわかる。
 それでも晃汰はまだ、四期生の事をメンバーだと認めていなかった。この“推され具合“を認めてしまえば、アンダーで努力をしている連中たちに申し訳ないと思うのと同時に、現場の人間の声を聞こうとしない上層部への、細やかなレヂスタンスだった。入学したての一年生が、上級生をすっ飛ばしてレギュラーになるような物と似ている。晃汰は未だに何の基準をクリアすれば選抜に入れるのか、分からなかった。

「寂しくなるなぁ…」

 誰にも聞こえないように言ったつもりだった晃汰の独り言は、しっかりと他の四人に聞こえていた。飲み干した缶を潰してから連中を見渡すと、一斉にこっちを見ているから晃汰は一瞬だけ身体を反らした。

「寂しくなるね…」

 微笑んだ高山もボソッと呟き、パーティー開けのポテチに手を伸ばす。コンソメ味のポテチなのに、何故か塩を散りばめたような味がする。食べれば食べるほどに塩気は増していくばかり。

「久々にポテチ食べたけど、しょっぱいや…」

 ウェットティッシュで拭った指先で高山は零れ落ちる涙をよけたが、一度溢れたものを止めることはできなかった。

「こんなしょっぱいポテチ、初めてだよ…」

 眼を真っ赤に腫らした晃汰も、粉のついた指先を舐める。それを見ていた秋元と新内も涙ぐむ。

 最初に嗚咽を始めたのは晃汰だった。何度も松村に救ってもらった彼は、彼女との時間を思い出しているうちに想いが募ってしまったのだ。見かねた松村は立ち上がると、泣きじゃくる晃汰をそっと抱きとめた。

「何で卒業するんですか?そんなに乃木坂は居心地が悪いですか?」

 松村の小さな胸の中に収まる晃汰が低い声でボソボソと問う。

「そんなんやない。誰が悪いとか居心地が悪いとか、そんな幼稚な理由やないで。これは私自身の決意や」

 ギタリストの頭を撫でる松村は笑顔のまま、彼の問いに答える。

「歳もそうだけど私自身、次のステップに行きたいし行かなくちゃなって。決して、乃木坂が嫌いになったっちゅう訳やない」

 確固たる思いが裏に張り付いている事が分かり、もう何を言っても無駄だと晃汰は悟った。どうせなら最後に爪痕を残したい。晃汰は最高の一言を彼女に送る。

「相変わらず胸、小さいスね」



「どうしたんですか!?ほっぺた真っ赤ですよ!?」

 朝食会場に現れたギタリストを見て、与田と久保が絶叫した。周りにいた連中も何事かとそちらの方を向き、晃汰は罰が悪そうに前屈みになって歩く。

「寝方間違えたら内出血になっちまってな…」

 最もらしい事を言って、その場をそそくさと立ち去る。その後ろ姿をロックオンした女が、小走りで彼に近づく。

「おはようさん。どうしたん?その顔」

 赤くなっている晃汰の頬を、松村は突いた。

「えぇ、どうしたんでしょうね」

 弱々しく晃汰は答える。松村はニヤニヤが止まらなかった。

「何だかんだで仲良いんだよね」

 遠くのテーブルでサラダをつつく新内が、同じテーブルに座る秋元と高山に言った。

「なんだかんだね。晃汰の彼女さんの名前を最初に聞いたのもまっちゅんだし」

「そうね。まちゅまちゅで晃汰に絡みにいくしね」

 熟女三人組は遠くで繰り広げられる晃汰と松村の絡みを眺めながら、優雅なモーニングを楽しんだ。

Zodiac ( 2021/08/14(土) 14:54 )