乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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12 フィンガークロス
??曲目
「…チッ、降ってきやがった」

 舌打ちをした晃汰は、落ちてきた水滴を睨みつける。予報ではもう少し後だったのに、どうやら空は撮影を滞らせたいのだろう。

「これくらいの雨量なら路面も濡れて、思い切ってスライドできるかも」

 名参謀の竜恩寺が、幾多ものテイクを撮り終えて熱ダレ気味のタイヤを見た。車を使ったMVを撮影する経験がなかったから、チーム乃木坂のスタッフ陣は予想以上に悪戦苦闘していたのだ。

「かもな。夜まで続くようなら雨の中でダンスシーン撮るしかねえ」

 予定を後ろ倒しにできない事を二人とも分かっていたから、よっぽどの豪雨でもない限り強行するしかないと決めていた。
 そしてすっかり日が落ちて暗くなり、雨は小雨に変わっていた。

「これならいける、寧ろ瑞々しい描写が撮れるはず」

 晃汰と二人で夜空と雨雲レーダーを見比べていた監督は、決心したかのように何度も頷いた。それを見た晃汰はすぐにメンバー達が待機するテントに走った。

「Show Must Go On」

 殆どのメンバーが晃汰の言う英語の意味を理解できていなかったが、その勝ち気な眼と仕草から、彼が言わんとしている事に察しがついた。キャプテンの秋元が全体を鼓舞し始めた所で、今度は車内で待機する荒くれ者達の元へ晃汰は走った。

「これから最後のダンスシーンを撮ります。エンジンはかけたままで、ヘッドライト全開で並べてください」

 雨に濡れた髪をオールバックにした晃汰は、一台一台にその頭を下げて回った。

「ジッと待てずに走り出しちまうかも知れないぜ?」

 永田が挑発をする。

「えぇ、その意気は“最後“まで取っておいてください」

 ニヤリと晃汰が笑うのを見届け、永田はマシンを所定の位置につけた。それに倣うように、他のマシン達も定位置についた。

 雨で濡れた前髪を額に貼り付け、メンバー達はしなやかなダンスを繰り広げた。その背中を照らすマシン達も、どこか喜んでいるようにオーナー達は感じた。本人達からしたら、手塩にかけて育ててきた愛車が世界に配信されるなど、オーナー冥利に尽きる。

「よし、撤収だ!」

 メンバー達の迫真のダンスは一度のミスもなく、ワンテイクで撮り終える事ができた。この後の雨雲も調子は悪く、これから激しい雨が襲いかかってくる予定だ。それをわかっていたのか、メンバー達は全力を出し切ると自分たちの片付けではなくスタッフを手伝い始めた。

「まずは自分の帰り支度をしてください!スタッフを手伝うのはその後でお願いします!」

 こちらも雨に濡れた竜恩寺がその様子を見て吠えた。その間に晃汰はマシン達の元に急いだ。挨拶と、これから乃木坂陣営が撤退するまでに繰り広げられるゼロヨンの始まりを告げる為に。

「コースは日中に撮影した時と同じコースで…時間はたぶん30分くらいですかね」

「それだけあれば充分だよ、私有地でしかこんな事できないしな」

 永田は白い歯を覗かせて見せた。GT-R界の頂点に君臨する男は、晃汰が車両から一歩離れるとすぐに、バーンアウトを行ってコースに出て行った。

「本当は、晃汰もやりたかったんじゃないの?」

 洗練された暴走を披露するマシン達を見守る晃汰の背中に、同級生の樋口が声をかけた。メンバー達は既に自身の支度を済ませ、スタッフ陣の後片付けを手伝っている。

「本当はな?でも、あのどのマシンにも勝てねえよ。それより、風邪ひいちまうぞ」

 濡れた髪をかき上げた晃汰は樋口に振り向くと、ジャケットを彼女の肩にかけてやった。それが嬉しかったのか、樋口は晃汰と肩を組んでゼロヨン会場に背を向けた。



 キャラバン(隊列)は鉄鋼プラントを後にすると雨が降り頻る中、今日と明日と世話になる宿に到着した。いつもならシティホテルやビジネスホテルといった類の宿に寝泊まりするのだが、今回はロケ地の近くに温泉宿があったから晃汰の希望もあってこの宿が採用された。

「いま18時過ぎだけど、夕食は大宴会場で19時半から!浴衣で来てOKだからね!」

 ラーメン屋店主のようにタオルを頭に巻きつけた竜恩寺が、豪雨から逃れ切ったメンバー達に声を発する。普通の平日に泊まる客はおらず、乃木坂の貸切状態なロビーに彼の声が響き渡り、その中をメンバーは部屋のカードキーをマネージャー達から受け取る。

「オレの鍵は?」

 タオルドライである程度乾いた髪をセンター分けにした晃汰は、颯爽と指揮を取る竜恩寺に尋ねた。

「はいコレ。一人部屋で、7時半から大宴会場でメシな」

 手に持っていたカードを竜恩寺は渡した。その隣が自分の部屋だったから、竜恩寺にしても都合が良かった。

 気を利かせた晃汰は、竜恩寺の部屋の鍵と彼の荷物も持って部屋に向かった。頭を張る仕事がどれだけ過酷かを知っているから、何か少しでも竜恩寺の力になってやりたいと晃汰は思っての行為だった。エレベーターから降りて三つ目の部屋に入ると、竜恩寺のスーツケースを置いて部屋を出た。カードキーはテーブルの上に置いておき、もう一枚のカードで竜恩寺が入室する段取りだ。

 役割を終えて自室に入った晃汰は、 スーツケースの中から下着、普段使っている化粧水と乳液を手提げバッグに移した。それからクローゼットの中に収められた浴衣とタオルもバッグに移して部屋を出た。夕食までの時間を、晃汰はゆっくりと温泉に浸かろうと目論んでいた。



「あ…」

「あ!」

 サウナで汗まで流してサッパリとした晃汰と浴場の出入り口で鉢合わせたのは、ドラマの共演ですっかり仲良くなった齋藤と梅澤を従えた山下だった。晃汰はしまったと言わんばかりに表情を歪ませ、対する山下はここぞとばかりに眼を輝かせた。

「あっついなぁ、喉渇いたなぁ」

 山下はわざとらしく浴衣の襟をパタパタさせる。

「脱衣所にウォータースタンドあったろ。それ飲まねえお前が悪い」

 悪い予感がしたから、晃汰はさっさとその場を離れようと歩き出したが、今度は齋藤と梅澤に両腕を掴まれて御用となった。

「晃汰さん、ナマがいいです」

 キラッキラの山下が訴える。

「あぁ、俺もナマがいい」

「これ、下ネタじゃないですよね?」

 梅澤が割って入った。何も分からない齋藤は、ただポカンと口を開けているだけだった。

■筆者メッセージ
かずみん…
Zodiac ( 2021/07/24(土) 10:42 )