乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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12 フィンガークロス
??曲目
 自分が指定したポイントにマシンを移動させ、エンジンはかけたままで晃汰はその横に立った。新型のBBSが輝きHKSのマフラーが重低音を響かせる中、呼応するかのようにマフラー音が近づいてくる。晃汰が呼び寄せた“モンスター達”が、自慢の愛車を自慢しにやってくるのだ。

「お忙しい中、ありがとうございます」

 自分を囲む6台のエンジン音に掻き消されぬよう、大声で叫ぶと晃汰は頭を下げた。

「アイドルのMVに愛車が出れるなんて滅多にないしな、お前のお願いならお安い御用だよ」

 金色のNISSAN・GT-R(R35)から降りてきたスモーキー永田こと永田和彦は、そのマシンからは想像できない柔らかな笑顔をホストに向ける。

「そろそろメンバー達がダンスシーンを撮り終わる頃です。皆さん、いっちょ脅かしてやってください」

 悪い事を考えるときの表情になった晃汰は声がワントーン下がり、口元を僅かに緩める。永田をはじめとする猛者達も伝染したかのように悪い笑顔になると、さっさと愛車に乗り込んでアクセルをひと吹かしした。


 どことなく一昔前のアメリカといったカラフルな衣装に身を包んだメンバー達は、ダンスシーンを無事に撮り終えて小休止に入ろうとしている。

「そう言えば、晃汰どこ行ったんだろ」

 真っ赤なリップが映える高山が、カメラの向こうに見えていたはずのギタリストを眼で探す。

「ね、思った。途中までは見えてたんだけど…」

 同じく美脚軍団の新内も、隣を歩く高山に同調する。早川を含てた3人は美脚軍団として、かなりキワドイ網タイツを履くことによってその脚を十二分に魅せている。

 そんな美脚女子達が古びた工場を出ようとしたとき、遠くから爆音がした。続いて歩く山下と松村には、その音に聞き覚えがあった。熱いサーキットで聴き覚えたあの音だ。

 一行が音のする方を覗いた先には、紅いマシンを先頭にゴールド、ブラック、ピンク、ホワイト、ブルー、そして最後尾には紅いコンバーチブルが獲物を追うモンスターのように唸りをあげてこちらに向かっていた。あまりにも大きな音と迫力にメンバー達は一瞬たじろぎ、前に飛び出させまいと竜恩寺が左腕を伸ばして彼女達を制する。
 マシン達は身構えるメンバー達の前を通り過ぎると、大きく円を描くように後輪を滑らせた。所謂テールスライドを最も簡単に決めると、カウンターステアを当てて逆にも滑らせた。みるみるうちにマシン達は白煙の中に消えていった。やがてスキール音が消えて白煙も消えると、綺麗に整列された“7台”が姿を表した。

「これで“小道具”は全部揃ったな」

 レーシングスーツ姿の晃汰は愛車から降りるや否や、恐る恐る見つめてくるメンバー達に声をかけた。

「“小道具“ねぇ…」

 口元に微笑を漂わせた竜恩寺がマシンの連中へ歩を進めると、その後を続いてメンバー達も歩き出した。

「この“6台“が、今回のPVで君たちが乗るマシンだ。そして、各々のオーナーさん」

 両サイドに並んだ車両をアピールする為、両腕を広げる。その先には企画書通りのマシンがアイドリング音を響かせ、自分の出番を今か今かと待ち焦がれている。

「この中でどれが一番速いんですか?」

 突如として、マシンを覗き込んでいた岩本が並ぶ男達に尋ねた。皆一度はR35をチラリと見たが、何かを察して一人の男を見た。

「俺だよ」

 親指で自信を指し示したのは、最も“真逆“の晃汰である。真に受けたメンバー達は感心したように頷き、そして竜恩寺の号令で次のシーンを撮るために移動し始めた。

「…ま、少なくともコーナリングはな」

 そりゃ勝てる訳ねぇよ。晃汰は左右に鎮座する荒くれ者を見渡し、ため息をひとつ吐いた。
 
「そんな事ねぇよ。この中で一番売れてんだ、それだけの魅力がこの車には詰まってるだろ」

 永田が晃汰の肩を強く叩く。それだけで晃汰は根拠の無い自信をつけられたような気がした。


 車両はそのまま屋外でのシーンへと移行した。迫力のあるカーチェイスを撮るため晃汰と監督、それにカメラクルーやカーカメラ隊を交えて入念な打ち合わせが行われる。それぞれのマシンを駆るドライバー達も勿論、そこに顔を出している。

「まずは35(GT-R)とスープラがやりあって…で、そこを86がテール・トゥ・ウインすると」

「おいおい、それは聞いてないぞ」

 ミニカーを用いて説明を繰り広げる晃汰を、永田は冗談まじりに止める。

「いいじゃないですか、フィクションなんですから。こんなの、現実世界じゃ有り得っこないんですから」

 永田を納得させると、晃汰は更にブリーフィングを続ける。

 説明が終わると、各々は各マシンに乗り込みエンジンを始動した。廃れた鉄鋼プラントが瞬く間にサーキットの様な爆音に満たされ、土屋圭市が釣りでもしているのでは無いかと錯覚させてしまうほどだ。晃汰は新調したばかりのハイグリップタイヤの性能に驚きながら、まずはウォーミングアップを兼ねてプラントを一周回る。紅いマシンの後ろには豪華な車列がなされ、見る人が見れば垂涎ものの光景である。

 水温も油温もキチンと暖まったことを確認し、いよいよカーチェイスシーンの撮影が始まった。オーバーテイク、テール・トゥ・ノーズ、そして白煙を伴ってのドリフト。

「リアサイドについてるRのバッジは不敗神話のRだ!オレのRについて来れるか!?」

 監督からの指示やドライバー間での連絡を取るためにつけられたインカムから、中里毅よろしくな永田のセリフが流れてきた。

「肝心なところでアンダーなんか出したら、許さないスよ」

 劇中になぞらえ、晃汰も言葉で応戦した。他のドライバー達も何かとその漫画のネタを挟みだし、もはや誰の為の撮影なのか分からなくなっている。

 続いて、メンバーが各々の車両のコックピットに乗り込み、擬似走行シーンの撮影が始まった。タイツから伸びる絶対領域がエロティックな山下は漆黒のスープラに乗り込み、そのコンパクトさと低視線に素直に驚く。

「オレの車だって、コンパクトだし低重心なんだけどなぁ…」

 山下の浮かれ具合を見ていた晃汰は、聞こえるようにボソリと呟いてスープラから離れた。メンバー達の走行シーンは全てCG仕上げの為、彼女達がアクセルを踏み込む事はない。

■筆者メッセージ
メニエール病についてのご指摘がありました。率直に申し上げると僕は医者でも医療従事者でもないので、その辺には詳しくありません。あくまでも“フィクション“ですので、ご理解をいただければ幸いです。以降、そう言った専門知識に於いては素人なりに調べてから引用するようには致します。
Zodiac ( 2021/07/20(火) 18:42 )