??曲目
「なんだって!?」
出社して早々に書類を手渡された晃汰は、手に持っていたカップタイプのコーヒーを溢しそうになる程、素っ頓狂な声をあげた。
「…って言う事だから、明後日までにイメージを具現化してくれると助かる。…急だけど、できそうか?」
書類を手渡した張本人である徳長は、心配そうに眉を顰めた。
「大丈夫です!やります!」
予想よりも元気な返事が返ってきた為に徳長は一瞬たじろいだが、ポンと晃汰の肩を叩いて隣の席に座った。
27枚目シングルの企画が水面下で産声を上げたが、今回はプロデュースを晃汰が全面的に担う事が上層部で決められた。楽曲の歌詞こそ秋元の手によるものだったが、それ以外は全て晃汰の手に委ねられた。
「今までの乃木坂には無いものにして欲しい」
秋元は新しくできた歌詞とともに、言葉を添えた。その事を徳長伝いに聞いた晃汰は、とある願望をいよいよ実現させようと企む。職権乱用とも言える晃汰のちょっとした暴走が始まる。
「今回は車です」
翌々日に設定された上層部を交えてのミーティング、晃汰はプロジェクターで映し出された文面を指し示しながら力説をする。初めての大役、そして自由に物事を進められる高揚感から、所々で語気が強くなる。
「海岸沿いのダイナーが舞台で、そこに全国からスピード狂達が集います。メンバー各々に搭乗車両を設定し、キャラ設定やマシン設定も本人に近づけ、濃いものにしてあります。また、マシンは実際に存在するものを使います。どこかのショップでチューニングされた仕様のものを」
一旦コーヒーで喉を潤した晃汰は、さらに続ける。
「まだ発表前の選抜メンバーを事前に貰っていたので、それになぞらえて配役とストーリー、そしてマシンも設定しました。内容は、お配りした企画書をご覧ください」
そう言って晃汰は自身を見つめる上層部の手元を手のひらで指し示す。
「特に皆さんが気になるのはマシンだと思います。それに関しては新しいものから古き良きものまで、国内外メーカー問わずにラインアップしてあります」
捲られた企画書の2枚目には、マシンの概要が写真付きで記載されていた。その道の男子なら思わずニヤリ、としてしまうマシン達がそこには載っている。今野をはじめとする上層部の連中も、思わず口元を緩めた。
「SUPER GTで使用される王道なR35(アールサンゴー、GT-Rのこと)と90(キューマル)スープラ、根強い人気のシビックにWRX、アメ車ではチャレンジャーとマスタングをラインアップ。どの方面からの“マニア“にも対応できるように選びました」
再び晃汰は缶コーヒーに手を伸ばす。喋りすぎたのか、真上を向いても雫しか落ちてこなかった。
すると、一人が発言しようと右手を上げた。視線を送り、晃汰は手のひらを向けて主導権を渡した。
「この86(ハチロク)は誰が乗るんだ?」
各車両の詳細なスペックが載るページの一番下に真っ赤なトヨタ86が記載されているが、不思議な事に詳細なスペックや搭乗する人物の名前も書かれていない。言われてみれば…と、他の上層部もニ枚しかない書類を行ったり来たりしている。
「まぁ、誰でもいいことではないですか」
晃汰は低く笑うと、悪い笑みを口元に浮かべた。
「ヤってるな」
「えぇ、ヤってますね」
遠く離れた席で、今野と徳長は口元を書類で隠しながら小さく言葉を交わす。純正(ノーマル)とは全く違うその86に、二人は見覚えがあった。