乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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11 丑
???曲目 〜乃木團〜
 昼も過ぎると、テーブルの上のご馳走は殆どが姿を無くしていた。大食いで鳴らす生田と松村を筆頭に新戦力の梅澤の台頭もあって、必死の思いで三人が用意した料理はあっけなく終わってしまった。とりあえずは連中の腹は膨れているようで、各々が持参して来た手土産のお菓子などを摘んでいるが、それで夜を越せるとは到底考えにくい。

 だが、三人はそんな事を百も承知だった。こんな事もあろうかと、晃汰のベッドルームには大きなクーラーボックス数個に溢れんばかりの生物が、ベッドに乗り切らないほどのお菓子や食材、足の踏み場も無いほどのジュースが置かれている。徐々に増えていく参加者を考慮して、事前に三人は食料を調達していたのだ。

「けど、とりあえず休憩だな。ずっと働いてたから眠いよ」
 
 平らげられた皿を洗い終えた晃汰は手を拭いてリビングに戻ってくると、スペースを確保する為に片隅に追いやられたソファにもたれた。思えばこの数週間は働き詰めだった。クリスマスに年末を一気に駆け抜けた疲労感は隠せず、晃汰は知らぬ間に瞼がくっついてしまった。

 夢を見ないほどの熟睡だったが、おやつの時間がくる前に晃汰は目を覚ました。部屋を見渡すと年長組は様々な格好で行き倒れているが、さすが若い衆は元気にお喋りをしたり、テレビを見たりして過ごしている。

「悪い、寝ちまった…」

 背伸びをした晃汰は、自分に気づいてこちらを見てくる面々に謝った。パーティーなのに、と晃汰は反省したが、彼がどれだけ疲れているのかなんて若い衆でも充分に理解できている。準備までしてくれた彼を責める者など、いない。

「さて、何して遊ぶか」

 キッチンで水を飲んでリビングに戻って来た晃汰は、元気が眼にみなぎる連中を見渡す。プライベートの空間にこれだけ同僚が揃うのも珍しく、いつもとは違う空気感に晃汰はマトモな興奮を隠せない。

「晃汰さん、ボウイ弾いてください」

 大きく右手を挙げたのは、冠番組でお馴染みの黒見だった。すっかりバナナマンにバンドの良さを刷り込まれてしまった彼女は、プライベートでラストライヴアルバムを買い求めるほど、BOOWYにのめり込んでいる。そんな黒見にせがまれ、晃汰はニヤリと口元を緩めると立ち上がって隣接するスタジオへと入った。取り外し可能な防音壁を取っ払い部屋とブースを一つの空間に仕立て、アンプとエフェクターの電源を入れてお馴染みのギターをぶら下げた。クリスマスから年末にかけて酷使されても最高なコンディションを保っているその布袋モデルのチューニングを終わらせると、黒見を含む四期生達の方に晃汰は向く。

「まずはB・BLUEな」

 知っている曲名を告げられ、黒見は思わずニヤッとした。いつかの配信番組で熱唱していたその曲は、BOOWYのラストライヴのオープニングナンバー、そして氷室京介最期のラストナンバーでもあった。

「どうせなら、歌いなよ」

 そう言って晃汰は、黒見にコードが繋がったマイクを差し出す。最初は躊躇ったものの、同期の遠藤や賀喜らに背中を押されて恐る恐る黒見はそのマイクを手に取った。晃汰はベースとドラムが打ち込まれたデータをパソコンで呼び出し、二基あるスピーカーから流して持ち場についた。バナナマンが披露したドラムソロから始まるお馴染みの曲は、昼寝をしていた一、二期生を叩き起こすには申し分なかった。

 原曲キーでプレイした為に少々黒見が歌いづらそうにしていていたのは、晃汰も途中で分かってはいた。けれども、キーを合わせるのは黒見自身が望まないと思っていたし、事実彼女はそれを望んでいない。歌い終えると同時に拍手が巻き起こるが、スッと立ち上がった仏頂面の齋藤飛鳥は、晃汰の横を抜けると徐にドラムセットに座った。彼女は自分抜きで晃汰が後輩と楽しい事をしていたことが、気に食わなかった。

「あれやろうか?『失恋したら、顔を洗え!』」

 齋藤の機嫌が悪い事を察し、晃汰は乃木團の持ち曲である一曲をプレイすることを提案した。だが、抜けたベーシストの穴はどうしても埋まらない。キーボードもツインボーカルもいるというのに、あと1人が欠けてしまってはバンドとして成り立たず、晃汰に歯痒い思いが広がった。

「まっちゅん、できるで!」

 大飯を食らって昼寝をしていたはずの松村が、天高々と右手を挙げた。思わぬ所から思わぬ言葉が聞こえてきたお陰で、晃汰は開いた口が塞がらないが、そんな事お構いなしに松村は、スタンドに掛けてあるベースを手に取ってアンプのスイッチを入れた。

 まさかとは思ったが、結構演れている。ガールズバンドを題材にした舞台に出演した事からベースを手に取った松村は、独学でコッソリと練習していたのだ。ピック弾きやスラップをどやがおで披露するあたりを見ると、相当自宅で練習していたのだと晃汰は感服した。

「じゃあ、いこうか」

 松村のデモンストレーションが終わると同時に、ドラムセットに鎮座する齋藤に晃汰はアイコンタクトをした。待ってましたと言わんばかりにニコリと彼女は笑うと、その華奢な体格からは想像もできない程パワフルな16ビートを叩き、乃木團の名曲がスタートした。

 完璧な仕上がりだった、プレイを終えてギターをスタンドに立てかけた晃汰は、溜め息を吐きながら何度も頷いた。プロに比べたら安定性や技術は欠くものの、齋藤と松村が繰り出すビートは演りやすかったし、和田のキーボードも格段に上達していた。圧巻だったのは伊藤純奈と久保のツインボーカル。初期の能條と中元を彷彿とさせる歌唱力とハーモニーは新生乃木團の象徴になりつつあり、楽器隊を含めた彼女達のレベルに、晃汰は抑え込んでいた欲望を自然と解放していた。普段は使うことのないフレーズに使うことのないエフェクターを発揮させ、今まで聞いた事のないようなサウンドをこれでもかと撒き散らかした。

「なんか、この形で乃木團やりたいね…」

 スティックを置いた齋藤がボソッと独り言を言うと、松村や和田も寂し気な眼をして頷いた。特に初期からのメンバーである齋藤と和田は人一倍乃木團に対しての愛着があり、なかなか再結成できない日々をもどかしく思っていた。

「なんか俺も一緒にヤってて、凄い気持ちよかったよ」

 そこだけ切り取れば下ネタともとれる言葉だったが、それだけ晃汰も彼女達とのハードプレイを心の底から楽しんでいた。仕事が始まったら今野さんに打診してみよう、晃汰はまた密かに野望を抱いてソファにもたれた。

■筆者メッセージ
年始の話が先走り過ぎて、いつまで経っても番号を振れない今日この頃…
Zodiac ( 2021/01/26(火) 18:26 )