乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト













小説トップ
I 年末
???曲目 〜赤白〜
 大晦日を迎えると毎年の様に一年が短く感じられ、その日さえも日常より短く感じさせてしまう。そんな短い大晦日を彩る今年最後の仕事、紅白歌合戦に乃木坂46は今年も出場する。

 アーティスト毎に駐車台数が限られている為、この日は事務所に愛車を置いてメンバー達とともに晃汰はバスに揺られた。ギターと機材はメンバー達の衣装と同じトラックに乗せられ、同じ目的地に向かっている。今年最後の仕事とあって、晃汰はいつにも増して気合が近づき難いオーラと言う形で全面に出ていた。本人にそのつもりはないものの、迂闊に声をかけたら睨み殺される勢いなのは言うまでもない。大型バスでの移動は必ずと言って良いほど最後列の席が人気なのだが、今日に限っては晃汰が運転席側の窓側に座っている為、その列には誰も座りはしなかった。

 晃汰がそこまで気を張るのは、単に年末最後の仕事と言うだけではない。披露曲である『Route246』の作曲者・小室哲哉が、晃汰がギタリストとして出演するならばと、友情出演を乃木坂46に対して提案してきたからだ。その誘いに乃木坂46側は快諾したのだが、その話を事後報告で受けた晃汰には懸念しかなかった。メンバーが小室サウンドに圧倒され喰われてしまうのでは、そして最も懸念していたのは、自分自身が小室哲哉に挑めるのかと言うものだった。今更出した返事を取り下げる事は出来なかったが、晃汰はこの"挑戦"を受けて立つことにした。それから本番までのおよそ一ヶ月間、晃汰はギターを弾き倒した。起床してから出社するまでの時間、帰宅してから寝るまでの時間、そしてオフの日など殆どをギターに捧げた。

 バスが会場に到着すると、面々は立ち上がって降りる準備をし始めるが、一番奥の席に座る晃汰が立ち上がると、メンバー達はモーセが現れたの如く通路をあけた。

「あ…ごめんなさい」

 その中を頭を下げながら晃汰が通っていくが、濃い色のサングラスとロングコート、更には逆立てた髪が相まって前述の覇王の様なオーラが醸し出されている。同僚であるメンバー達でさえ一歩引いてしまうのだから、会場に入ったらどうなるのか、彼女達は怖いもの見たさも少しあった。

 関係者通用口から晃汰を先頭に、乃木坂46は会場入りをした。その直後からメンバー達が恐れていた事、いや、望んでいた事が目の前で起こる。群衆の群れが綺麗に真っ二つに開け、そこを威圧感たっぷりの晃汰に続いて乃木坂46が通る。これで周りの人たちが跪けば大名行列だなと、山崎をはじめとする歴史に明るい者達は教科書の画像を思い出す。

 用意された大きな控室に到着するや否や、演者は着替えにメイクアップと時間に追われる。長机を立てて布を被せただけの簡易的な個室の中に晃汰が入ることを確認すると、男性スタッフは一度退室してメンバー達の着替えが始まる。個室の中で晃汰も着替え始め、この日の為に衣装担当と共作した『Route246』と同じ柄のロングジャケットに袖を通す。肩幅の広いギタリストに合わせた特注品で、ウエストはキュッと締まり裾はヒダをつけて広がりやすくしてある。何処からどこまでも晃汰の好みを反映した一着に、本人も我儘を言った甲斐があった。

 メンバー達からの合図で晃汰を囲む長机が解かれ、お互いに衣装を着た姿で対面となった。お腹や脚が露出された淡い紫色の衣装に身を包んだメンバー達は、明かされていなかった晃汰の衣装を見てわぁっと声を上げた。

「一致団結しないとな、負けちまうぜ」

 既にメイクも終えたギラっとした眼を、晃汰はメンバー達に向けた。レコード大賞に引き続き紅白でも、ギタリストが同じ衣装を来てくれることが、メンバー達からしたら大層嬉しかった。リハーサルまでは少し時間がある為、晃汰はスマホを片手にメンバーと共にSNSの更新を始める。主にInstagramのストーリー機能を使って、メンバー達と戯れる様子を発信する。ケータリングに群がる生田と松村、机に突っ伏して眠る高山など冠番組に準えた瞬間を投稿する。無論、ファン達は沸きに沸いた。

 それから晃汰を含むメンバー達は、流れるようにリハーサル・本番を終えた。年末の忙しさや紅白ならではのお祭り感も相まって、楽しむままに時間が過ぎていった。曲の中で壮絶な戦いを繰り広げた小室と晃汰は、曲が終わるとお互いに歩み寄って握手とハグをした。達成感に満ちた笑顔の晃汰と小室の画は全国に放映され、小室の知名度も手伝って晃汰の名は何度目かの全国に広まった。

 本番で着た衣装のまま、メンバー達は両手を繋ぎ合って円を組んでいた。毎年恒例である、年越しの儀式に備えているのだ。

「何年やっても慣れねぇな」

 ズラリと顔を揃えるメンバー達を見渡し、メンバー達にキャプテンという立場から説いている秋元が遠くにいることをいいことに、晃汰は苦笑した。彼がこうして乃木坂と一緒に年を越すのは初ではないが、同世代の美人軍団達と手を介して繋がり合うのは小恥ずかしいものがあった。

「来年もやるんだからね」

 晃汰の左手を握る高山が、さらに強くその手を握った。剣道の経験者である彼女の握力は凄まじく、思わず晃汰は顔を顰めた。

「そうですよ、慣れるまでやるんですよ」

 反対側の遠藤も彼の右手を握り潰し、晃汰はとうとう小さく変な声を漏らしてしまった。その様子を遠くから見ていた秋元は、晃汰にキラーパスを出すことにした。

「年越しまであと数分あるから、最後は晃汰に締めてもらいます」

 開いた眼と口が閉じない。晃汰は円のほぼ反対側にいる秋元を、猫背で見続けるしかなかった。まさかこんなところでとばっちりを喰らうなんて、両隣の高山と遠藤と眼を合わせると苦笑いをしてから話し始めた。

「今年は公私ともに色んな事がありました。皆さんにご迷惑をおかけしてしまったことも…でも、なかなか楽しかったです。来年も、夢を見続けたいと思います。We Are Only Dreamin’.OK?」

 先の秋元と比べてかなりあっさりした内容ではあったか、北川悠理と肩を並べるほどの流暢な英語の効果もあって、取り囲むメンバー達の心にはそれなりに響いていた。

 例年通り、日付が変わる瞬間はタイミングを合わせてメンバー全員が空中にいた。長い裾が躍動するほどの高いジャンプを終え、晃汰はメンバーとハイタッチやハグを交わし新年を迎えた。今年も楽しい年にしたい、誰もがそう思って2020年に別れを告げた。

 

■筆者メッセージ
小説内での世界線は、コロナなどありません。早くこんな世界に戻ってほしい。
Zodiac ( 2021/01/07(木) 07:01 )