???曲目 〜大賞〜
クリスマスの歌番組とは打って変わり、楽曲の出来や人気の度合いなどを考慮されて選ばれるレコード大賞は、緊張に緊張が重なる独特の雰囲気が会場内に溢れかえる。何度もそのステージを経験している晃汰をはじめ一、二期生は余裕を見せてはいるが、経験の浅い三、四期生は今にも嘔吐しそうな顔色をしていた。
「そんなに硬くなることねぇよ。賞取るために俺だって曲作ってる訳じゃねぇんだからさ」
自分の作品がノミネートされるようになってからというもの、晃汰はチャートや賞に全くと言って良いほど興味がなくなっていた。マスコミや"裏の人間"が人気云々を関係なしに決定してしまうその名誉に、晃汰はとっくに愛想を尽かしていた。そんな賞なら取る意味も無いし、ファンの人達が求める楽曲を作ればそれだけで晃汰は満足だった。それでもメンバー達はその"意味のない賞"に向かって、今夜も華々しいステージを目指すのであった。
午後の早い時間からリハーサルのタイムテーブルは組まれており、乃木坂の順番はちょうど、おやつの時間と被る頃である。昼過ぎに会場入りした連中は各々メイクアップや髪のセットアップに励む中、晃汰もストレートアイロンとスプレーを多用して髪を逆立てる。
「凄いカチカチに固めるんですね」
晃汰のすぐ隣でメイクをしている山下は、その天をつくような髪を見上げる。
「カチカチにしないと、パフォーマンスで崩れてきちゃうからね」
目線を鏡から離さず、晃汰は山下に答える。既に晃汰の毛先は天を貫かんとする勢いで立っており、そのシルエットは80年代の布袋寅泰を彷彿とさせる。
「そういう君だって、今日はいつにも増して厚く化粧するんだな」
続いて目元のメイクに移った晃汰は、チラリと見えた山下の目元を指摘する。
「何てったってレコード大賞ですからね。全国の山下ファンが見てますから」
山下は更にアイラインを書き足す。その少女から立派な女性に変わっていく様に晃汰は見とれてしまいそうになったが、作りかけの髪を置いておく事はできず、再び視線を戻して手を動かし始めた。
髪も眼もバッチリと決まり、長い丈の衣装も相まって覇王のようなオーラが醸し出される。すれ違う者の殆どが目を奪われ、廊下を行き交う人々は道を譲りたくなるほど威圧感に晃汰は満ち溢れる。
今回も音楽担当を担う晃汰も納得のいく内容を見せ、リハーサルは終了した。大っぴらには言っていないものの、大賞を狙う気などさらさらない晃汰はミスなく終われば、と言ったスタンスをとっている。それを言ってしまえばメンバーの士気を落としてしまう事は理解していたから、晃汰は態度にも言葉にも出さない。
控室に戻ってきたメンバー達は各々メイクを直したりおやつを食べたりと、それぞれの時間を過ごし始めた。晃汰もパイプ椅子に深く腰掛けると、脚を組んで天井を見上げ大きく息を吐く。
「ため息吐いてどうしたんですか」
天を仰ぐ晃汰の顔を覗き込むようにして、賀喜がちょっかいを出してくる。
「ん?疲れたなって。俺の代わりにギター弾いてくれよ」
近づいてきた賀喜の両頬を片手で挟むと、ひょっとこのような顔になった彼女を見て晃汰は楽しむ。
「あ、歳下誑かしてる」
ケータリングのおやつを腕いっぱいに抱えた松村が表れ、二人のやりとりをジト目で見る。
「誑かしてないですよ。歳下と戯れてるだけです」
「それを誑かしてる言うんや」
「晃汰さん、ホンマやで」
なぜか急に関西魂を出してきた賀喜が加勢したことにより、松村は更に調子に乗った。
「誑かすってこう言う事言うんですよ」
そう言うと晃汰はスッと立ち上がり、松村の顎に指を添えた。所謂顎クイなるものである。そしてジッと彼女の眼を見つめたまま、唇を徐々に近づけていく。賀喜は口元を手で覆い眼を見開き、松村は受け入れるべきなのか否か分からずに震える。結末は唇同士がくっつく訳なく、晃汰が寸での所で身体ごと松村から離れた。
「意気地なしやなぁ」
松村は桃色の唇を尖らせながらむくれ、賀喜はホッと胸を撫で下ろす。
「誑かすの実演ですからね、本番はマズイですよ」
ヘラヘラと答えた晃汰は、そのままケータリングコーナーに移動してミネラルウォーターを紙コップに注いだ。今回は晃汰にコーラスのパートは無いが、ライヴ前は必ず常温の水のみを彼は飲むことにしている。
やがて生放送が始まり、晃汰もメンバー達と混じって観客席に衣装のまま着席した。彼の両隣には同い年の樋口と星野が座り、ともに本番の時間を待った。目の前では他のアーティスト達によるパフォーマンスが行われており、両サイドの二人は食い入る様に見つめていると言うのに、真ん中の晃汰はあたかも退屈そうに足を組んでいる。
「見ないの?」
その様子に気づいた星野が晃汰に声をかけると、彼は星野の左耳に口を寄せた。
「他人のパフォーマンスに全く興味が無い。俺らは俺らだよ」
強気な眼力の上に強気な言葉、星野は晃汰のそういった物言いも好きだった。同級生のその言葉を貰って、多少不安を感じていた星野も強力な後ろ盾を得た様な気がして、晃汰の右手を強く握り込んだ。
◇
「言い訳になっちまうかもしんないけど、俺はこんな"出来レース"なんて貰っても何にも嬉しく無い。俺は大勢のファンの皆さんの前でギター弾いて、皆と踊ることの方がよっぽど嬉しい」
控室に帰ってきてから堪えてきたものが溢れてしまうメンバーを見て、晃汰は全メンバーを集合させた。キャプテンの秋元も眼を赤くして話もままならない中、少し偉そうかなと思ったが晃汰が率先して声を出した。
「大賞を獲る為に曲を作る訳じゃない、紅白に出る為にパフォーマンスをする訳じゃない。俺の目的はファンの皆さんに良い曲を、良いパフォーマンスを、そして君たちとステージの上でイチャイチャしてる姿を届ける事」
「ここにノミネートだってされないアーティストだっている。こんな事でクヨクヨしてたらファンの皆さんに申し訳が立たない」
「大賞獲れなかっただけで死にゃしねぇ。来年またトライすればいい。ここで立ち上がらなきゃ無様になってしまう」
ありったけのプラスの言葉を晃汰なりに変換した言葉を、彼は自分を囲むメンバー達に投げかける。決して良い他人ぶる事ないそのスタンスが、俯き気味だったメンバーの顔を上げさせ、涙を堰き止めさせた。割り切りと言えばそれまでだが、なかなかそれを出来ない空気の中で晃汰の存在は大きな意味を持っていたのだ。
ひとしきりシンミリした空気が流れた後、秋元が次の日に向けて全体を鼓舞して解散となった。終始を強く説いていた晃汰は秋元が復活してくれて良かったと思っていたし、秋元も最後は自分が締めるべきという自覚もあった。泣いても笑っても明日が最後の仕事。晃汰も今年を有終の美で終えられる様、ひとつ気合を入れて寮へとステアリングを切った。