乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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I 年末
???曲目 〜クリスマス〜
「なんでクリスマスになると、歌番組が増えるんだろうね」

 自慢のエフェクター達の調整をしているというのに、晃汰の表情は曇っている。既に傷は完治しており、山室からもギター演奏や激しい運動の許可が出ている。

「しょうがないよ。クリスマスから年末が、たぶんいちばん忙しいよ」

 同級生の星野が、晃汰の独り言に同調する。彼女は既に衣装もメイクも済ませており、あとは本番が回ってくるのを待つだけである。

 本来であれば彼女の森保と豪勢なディナーを共にした後、ホテルのスイートルームで愛し合う予定を毎年立てている。それも今年も音楽関係の特番で、無惨に打ち砕かれた。いつになれば理想のクリスマスを送れるのか、晃汰は毎年同僚達の顔を見ながら思うのである。

 エフェクターの調整を満足のいく内容で終わらせた晃汰は、アンプなどの機材に電源を入れたまま着替えとメイクを施しに楽屋へ行く。他のアーティストも多数出席する為、楽屋は大きな一室だけが用意されており、着替えを行う唯一の男子である晃汰はスタッフ達による即席の死角で着替える。メンバー達が着用する衣装と調和を図る為、それぞれの楽曲に合わせた衣装を特注でオーダーした。生脚やスカートを履く訳にもいかない晃汰は、彼好みの裾が長いジャケットスタイルを衣装担当と共に提案して作り上げた。

「キマってるじゃん」

 衣装に袖を通しアイメイク、ヘアメイクを終えて晃汰は鏡を覗き込んだ。いつものように目元はバンド時代の氷室京介、髪は布袋寅泰のように逆立てる。アイドルのイメージとはかけ離れたギタリストが出来上がると、その空間にいるメンバーやスタッフ達は思わずそちらを見てしまう。前衛的なビジュアルなのにサウンドはあくまでもボーカルを活かす音色で邪魔をしない。それでいてアクションは豪快にという何とも奇妙なギタリストが、乃木坂人気に何石も投じたのは言うまでもなかった。そんなギタリストがメイクアップによってスイッチが入るのをきっかけに、気合を入れるメンバーやスタッフも少なくはなかった。

 「久々の生放送だ。気合入れていくぞ」

 メンバーの一人として円陣に加わった晃汰は、年上メンバーにも関係なしにタメ口で檄を飛ばす。それを気にする者はおらず、むしろライヴ前や本番前にそれをメンバー達は求めている。全てのメンバーが、ギタリストとの久しぶりの競演を待ち侘びていたのだ。

 今夜の生放送はテレビ朝日のミュージックステーション、当然のことながらOGのアナウンサーもスタンバイ中の乃木坂に顔を出した。

「頑張ってね」

 テレビ朝日の朝の顔になりつつある斎藤ちはるが、律儀にメンバーと晃汰を含むバックバンド組を激励する。

「なんすかその格好」

 そんな斎藤のサンタコス姿を見て、晃汰はすぐさま突っ込む。

「いやいや見れば分かるでしょ?サンタね?」

 久しぶりの再会に、歳が近く親交のあった晃汰は斎藤の姿に頬を緩ませる。あまりOGと仕事上で会う事がなかった為、新鮮さも相まって話し込んでしまう。

「あ、そうだ。晃汰さ、生ちゃんとかずみんがインタビューで来てくれるんだけど、来る?」

 斎藤は思い付いたかのように掌を拳で叩くと、興奮気味に晃汰の肩に手を置く。光栄な話だったが、晃汰はそれを断った。あくまでも主役はメンバーであり自分はバックバンドという姿勢は、生放送だろうが何だろうが関係がなかった。その晃汰の信念を昔から理解していたから、彼が断っても嫌な顔を斎藤はしなかった。

 その後、無事に生放送が終わるとメンバーとバックバンド組は控え室に戻ってきた。そこには既に毎年恒例のクリスマスパーティーの準備がされていて、オードブルにシャンメリーがテーブルを所狭しと並び、晃汰が気に入っている寿司屋のケータリングは、今野ら上層部からのプレゼントである。

 晃汰がノリ良くサンタの帽子を被って再登場すると、何人かのメンバーもサンタコスプレに着替えた。

「そうね、生脚よりも網タイツの方が好き」

 赤いミニスカートから伸びる同僚達の美脚を見ながら、晃汰は悪びれる事なく性癖を語る。それを聞いても引かないメンバー達は流石で、新内と梅澤は揃って長い脚を晃汰に見せつけた。

「アイドルとギタリストっていう関係じゃなかったら、今すぐホテル連れ込んでたよ」

 こんなドギツい下ネタを言っても、晃汰とメンバーとの関係性なら許される。年々年長者が減り衛藤ほどの担当がいなくなってしまったが、それでも最年長の新内は晃汰と"健全な会話"を多々繰り返している。

 パーティーが始まって三十分ほどが経った頃、これまた晃汰が仕組んだ二人のスペシャルゲストが、同じようにサンタコスに身を包んで乃木坂達とクリスマスを過ごしにやってきた。乃木坂を去って行ったのがまだ記憶に新しい、白石と中田である。晃汰のちょっとした連絡から二人はその気になってしまい、彼以外に知らせる事なくちょっとした手土産を持って参上したのだ。これにはメンバー達も今日一番の盛り上がりを見せ、中でも白石と親交の深い大園は泣いて喜ぶ。

「次は誰だろうなぁ」

 OG二人を入れ替わり立ち替わり現役メンバーが囲む様を遠くから眺めながら、晃汰は冷えたシャンメリーをひと舐めする。

「それは、晃汰が一番わかってるんじゃない?」

 いつの間にか彼の隣に立っていた堀が、意味ありげに目配せをする。

「いや、世界中の人が知ってるでしょ、それは」

 晃汰は苦笑いをして堀を見てから、シャンメリーをまた口にした。12月に差し掛かろうとしていた時分に、意外な形で卒業を発表した堀は何食わぬ顔で彼に近づき、何食わぬ顔で次なる人物を案じた。

 日付が変わる頃に会はお開きとなり、全員総出で片付けに取り掛かる。ゴミを分別して捨てるだけだからそこまで時間はかからず、人数も相まってすぐに終わり、予定よりも早く各々は帰路に着く事ができた。

「送ってけ」

 完全にお忍びでパーティー会場まで来た白石と中田は、電車で帰る事を選択肢に加えず、晃汰に送るよう高圧的に迫った。二人を乗せて帰るには少しばかり遠回りになるが、嫌な気はしなかったから晃汰は二つ返事で彼女らを愛車に押し込んだ。

■筆者メッセージ
今年もよろしくお願い致します。年末の話が年明けになってしまいました…
Zodiac ( 2021/01/01(金) 10:23 )