五十五曲目 〜公認〜
「確かにアドバイザーっていう立場は拝命してるけど、果たしてこんな事まで盛り込まれてたかね…」
両手いっぱいに紙袋を提げる晃汰は、ショッピングモールのフロアで数メートル先を歩く白石に問う。白を基調とした私服に身を包む彼女は、両サイドに並ぶ服飾店に目移りし、自身の荷物を預けている事をすっかり忘れている。
◇
長丁場が続きやっとの思いでOFFに差し掛かった夜、ワインでも呑みながら久しぶりにBOOWYのライヴDVDを見ようと、晃汰は決め込んでいた。部屋の冷蔵庫には卵と鶏肉しかなかったから、帰り途中のスーパーで追加の肉や魚そして、味など分からない安価な白ワインを買い込む。下戸な彼に酒の良し悪しなど、分かるわけがない。
そんなルンルン気分の晃汰に白石から連絡が届いたのは、肉を焼き上げてさぁ魚だ、といった時だった。手が離せない状態だった為にスピーカー状態にして、白石の声を聞く。それが悪夢を知らせる電話だった。晃汰は急遽舞い込んだエースとの予定に分かりやすく嫌な顔をし、徐々に焼けていく魚の切り身を見ながら缶の封を切った。
◇
「休日返上で来てやってんだから、対価はキチンと貰うからな」
一息つく為のカフェ、晃汰は不満顔でバニラのフラペチーノをストローで吸い上げる。一日中をベッドの上かYouTubeに充てようとした折角のOFFを、白石の荷物持ちに割かれては機嫌が悪くなって当然である。
「大丈夫だよ、帰ったらキチンと“支払って“あげるから」
ネットに載っている嗜好と同じくキャラメルフラペチーノを手に持った白石は、テーブルの向こうに座る晃汰にウインクを飛ばした。
「本当に今野さんから許可、下りてるんだろうね?これが“闇営業“だったら怒るぞ」
白石のマネージャーが待つ車に荷物を置いて手ぶらになった晃汰は、両手をポケットに突っ込んで白石に問う。事務所非公認でのデートを週刊誌に載せられては、彼らにとって面白い事など一つもない。
「朝から晩まで、ちゃんと許可取ってあるよ。まあ、あとは私達が振る舞いを間違わなければね」
「ちゃっかりしてんのな。けど、それ聞いて安心したよ」
幾らかの不安が無くなり、晃汰は小さく肩を落とした。文字通りに肩の荷が下りたような気がした。
続いて買物の主導権は晃汰が握る事になった。まずは初見の楽器店に白石を連れて入る。
「色々と欲しいんだ」
そう呟く晃汰の横顔は輝いているように白石には映る。まるで希望に満ち溢れた少年のようだった。特殊なコーティングがされたお高いギター弦を何セットも、メンテナンス道具を幾つも、同じ銘柄のシールドを何本も晃汰は買い漁った。
「これで俺は終わり」
楽器屋のロゴが入った紙袋を手に、晃汰は満足に満ち溢れた表情を浮かべる。
「え?服は?」
白石はキョトンとした顔で尋ねた。
「服!?古着で充分だよ。ブランド物は高くて嫌だ」
何曲ものヒット曲を世に送り出した張本人からは想像もつかないセリフに、白石は空いた口が塞がらない。
「三千円以上の服は高級品だぜ」
肩を落として首を振った晃汰は、空いた手をポケットに詰め込んで歩き出した。
「じゃあ、麻衣ちゃんが選んであげるよ」
そう言って白石は晃汰の腕に自身の腕を絡めると、メンズファッションのフロアへと引っ張っていった。
◇
「色々買えて良かったね」
部屋に帰ってきてお気に入りのソファに腰を落とし、白石は天井を見上げた。真っ白な絨毯にペタンと座る晃汰は、山ほどの荷物を持たされて喉が渇いた為に水を飲む。
「まぁ、服は買ってもらったしね」
結局、何軒かのブランド店を梯子しては、似合いそうな服を白石は晃汰に当ててレジを通した。それも自身の好みを無視して晃汰の嗜好を考慮したコーディネートで、買ってもらった本人も後ろめたさの中でも気分は上がっていた。
「普段、自分で服を買うことがあまり無いからなぁ」
飲み干したコップをコトンとテーブルに置く。
「だから私服がいつも一緒、って言われるんだよ」
白石はケラケラと笑いながら、買ってきた紙袋を漁り始めた。
事実、晃汰の私服はいつもパターンが決まっていた。大抵、黒のスキニーパンツに薄手のジャケットを羽織って終わり。それが彼のスタイルと言えばそれまでだが、ステージ衣装では決めに決めている男だけに、さぞかし私服も…と、メンバーや関係者は勝手な想像をしている。
極秘デートは、昼だけでは終わらない。白石付きのマネージャーが運転するワンボックスに本人、そして晃汰は後部座席の足元に隠れ込んで、白石のタワーマンションに入った。勿論、幾つかのフェイクポイントも挟みつつレンズ達を躱しながらだ。
夕食は二人で作る事にした。食材は日中のデパートで買い込んでいる物を使う。晃汰は白ワイン、白石は日本酒をそれぞれ選んだ。
「結婚したらこんな感じなのかなぁ」
野菜を切る手を止め、白石は思いに耽った。
「相手は俺じゃないとして。でもこんな感じなんじゃねえか、少なくとも新婚は」
晃汰も手を止めることはなかったが、この先に待っているであろう森保との未来を脳裏に描く。その時には何をしているのか、不安よりもワクワクする方が彼の性格には合っている。
晃汰は肉と魚を受け持って、ボリュームたっぷりのメニューこしらえた。だが、そのどれにもニンニクは入っていない。KISSまでなら…と晃汰は、箱根の夜を思い出しながら万が一の事態に備えた。
白石はと言うと、野菜を中心としたヘルシーな献立に取り組む。サラダやスープ、煮物を慣れた手つきで作り上げていく。その途中で缶チューハイ二人は手を伸ばす。現役時代にCM出演した際、謝礼として白石が貰ったものだ。
「人が来た時ぐらいしか呑まないからさ…余っちゃって」
キッチンに積まれた、およそ一人暮らしの女性が処理しきれないほどのケースを眺め、白石は言った。貰った当初こそ独りでも呑んでいたものの、日本酒を好む彼女が手を伸ばす回数は次第に減っていった。
「独りで呑むんだと、ちょっと強いからな」
下戸の晃汰でも稀に呑むことはあったが、それでも嗜む量である。それを遥かに超えた数の段ボールには、苦笑いで返す他なかった。
凄いご馳走だった。ステーキにローストビーフ、魚のムニエルは晃汰が担当したもの。数種類のサラダにロールキャベツ、コンソメスープは白石が作り上げた。量こそ少ないものの、その数は二人が本気を出した結果だった。
「俺らにかかれば、こんなの朝飯前だな」
並べられたご馳走を眺め、晃汰は腕を組みながら頬を緩めた。
「さ、食べようよ」
二人分の箸やフォークを並べた白石は、晃汰を早く座るよう急かす。調理中に飲んでいた缶を飲み干して潰すと、晃汰は彼女に返事をしながらクッションに腰を下ろした。