乃木坂46のスタッフ兼ギタリスト


















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H 白く塗りつぶせ
五十四曲目 〜TWO OF US〜
 卒業ライヴの日程が決まってからと言うもの、晃汰は本人よりも忙しなく仕事に奔走していた。白石本人の意向によりステージセットや衣装、セットリストまでが彼女のプロデュースで決められていくことになったが、そのチーフアドバイザーとして晃汰がギタリストと兼任する事が彼女の口から発表された。もちろん晃汰にとったら寝耳に水だが、最後の晴れ舞台を晃汰に飾って欲しいと言う、白石の切なる思いがあった。

「新しい白石麻衣を見せたいの。アイドルじゃなくなって何ができるか、試してみたいの」

 会議室の一室で二人っきりのミーティング、白石がボールペンを片手に熱い思いを訴える。首脳部からは好きにやって良いという許可を貰っている彼女は、現役メンバーをも巻き込んでステージを自分色に染め上げてしまおうと目論んでいる。

「俺は従うだけだから」

 眼を合わせようとしない晃汰は、伏せ眼で缶コーヒーに口をつけた。わざわざ自分でシナリオを作ろうとしてるのに、出しゃばって口出しをするのは性に合わない。今回に関しては"駒"として動くことを決め込み、晃汰は白石の提案にイエスマンを貫くと決心していた。

「違う、そうじゃない。オモテのプロデューサーは私だけど、ウラのプロデューサーは晃汰よ?」

 白石が言い出したらキリのない性格なのは前からわかっていたから、晃汰は彼女に少しの反論もしようとは思わなかった。様々な口実を作って接触機会を設けるその手口に晃汰は勘づいていたが、最後だからと白石の健気な想いを汲む事にした。

 次の日から、白石は晃汰との打ち合わせを毎日のように行なった。乃木坂グループ全体で共有されているスケジュールをもとに、白石は晃汰が暇を持て余すであろう時間帯と自身が手持ち無沙汰になる時間を見計らって、ピンポイントで予定を入れる。卒業ライヴを完璧にしたいという想いは両者ともに同じだったから、どちらも拒否する事なく話し合いは重ねられた。

「いつものように、バンド組から登壇で」

「真っ白い衣装がいいな」

「このセットリストは演者重視で、ファンは飽きちゃうかもしれないぜ」

「テープとか紙吹雪とか舞う中でさ」

「花道はもっと規模小さくした方が動員数増やせる」

「涙堪えながら去っていくのよね」

「聞いてるか?」

 誰が主役だよ。晃汰は小さく吐き捨て、頭の中がフラワーパークよりお花畑状態の白石を一喝する。打ち合わせとは名ばかり、白石の妄想にただひたすらに晃汰がツッコミを入れると言う、なんともコミカルな時間なのである。そんなストレスが溜まりそうな瞬間を何度も強要されるというのに、晃汰は嫌な顔一つせずに、白石に呼ばれれば出向くというスタンスを崩さない。主役には最後まで納得のいく形で去ってほしい、晃汰はどこかに信念を貫いている。

 ステージセットや衣装、セットリストが決まった。白石本人の意向を最大限に汲み、ほんの僅かに晃汰が口出しをした程度だが、お互いに納得のいく計画を組み上げた。終わりに刻々と近づいていくのが身をもって分かってしまうから、晃汰はどうにか時間が止まってくれればいいと願っていた。

 この頃から現役メンバーの間では、白石と晃汰のツーショットが頻繁に目撃されており、卒業と同時に付き合うのではないかという憶測が至る所に流れていた。だが、その誰一人として、二人が熱海で男女の関係になった事を知らない。それは二人が墓場まで持っていくつもりで、他に知る者はOGの橋本くらいである。それは当人達の耳にも入ってはいるが、さほどその流れを止めようとする動きはなく、むしろそんな状況を楽しんでいた。


 綺麗だ。

 ミーティングの時間を合わせていたのが、段々と白石へと帯同する事が晃汰は多くなってきた。ファッション誌撮影への同行が殆どで信号で止まったふとした瞬間に白石の横顔が晃汰の眼に映った。こんな美女を一度だけでも抱いた事が、彼には未だに信じられなかった。

「青だよ?」

 信号が変わった事に気づいたのは白石だ。晃汰は慌ててギアをローに入れてクラッチを繋ぐ。

「どうしたの?ぼおっとして」

 聴き慣れた柔らかい声が、助手席から投げかけられる。

「いや、麻衣の横顔見れるのもあとちょっとだなぁってサ」

 下手に誤魔化すよりも、晃汰は素直に彼女に見惚れていた事を明かす。なにそれ、と口元に手をやって笑うその姿も可憐で、彼女が乃木坂ファンのみならず日本中から人気を集めている事に、彼は素直に納得できた。そんな美女を隣に乗せ、晃汰は都内の雑踏を駆け抜けていく。

 現場に着いて撮影が始まってしまえば、晃汰は当然一人になる。その時間を使って本部スタッフとの連絡やスケジュールの確認、果ては卒業ライヴの進捗管理などを行う。全くと言っていいほど撮影風景を見守る事はなく、白石専用の控室でコーヒーを片手に黙々と仕事に励む。

「最後くらい、見てくれてもいいんじゃない?」

 休憩と衣装チェンジに入った白石が控室に戻ってくるなり、iPadを睨みつける晃汰に話しかけた。

「あの日にあんなコトした人が服着てポーズ取ってると、どうも違和感を感じるもんでね」

 良い区切りとばかりに端末を置いた晃汰は、大きな欠伸をしながら天井に向かって伸びる。そんな彼の大きな口にタイミングよく、白石は小粒のチョコレートを投げ入れた。

「疲れたら糖分だぞ」

 悪戯っ子のような笑顔の彼女は、卒業を発表した人とは思えない。この笑顔が残り少ない事をわかっていたから、晃汰は無性に切なくなって白石から目を逸らした。サヨナラに強くなれる訳がない、自分で書いた詩がどれほど無責任なものだったかを突き付けられるような気が、晃汰にはしてならなかった。


「今日もありがとね」

 自宅マンションの駐車場で、白石は運転手の顔を見ながら礼を言う。何本もの撮影と取材をこなしているのに疲れの色を一つも出さない彼女は、プロという表現がピッタリだった。

「いいって別に。残り少ないんだし…」

 晃汰は自分で言った言葉で尚切なくなる。

「寄ってく?」

 そんな表情を見かねて、白石は親指を自身の部屋の方向に立てる。

「いま寄ったら、明日の週刊誌の一面にされちまうよ」

 本当は彼女と一緒にいたかったが、理性が邪魔をするおかげで晃汰はコックピットから降りようとはしない。ウインドウをピッタリと閉め、晃汰は豪勢なタワーマンションの地下駐車場から脱出した。

■筆者メッセージ
だいぶ久しぶりになってしまいました。そして森保の卒業、今後の路線変更には多大な影響が出ました笑
Zodiac ( 2021/03/11(木) 06:58 )