二曲目 〜今夜がヤマだ〜
病院着に着替えさせられた晃汰は、酸素マスクに心電図といったフル装備で隔離病室に運び込まれた。一時はICUで治療されヤマは越えたが、今も予断は許さない状況である。
「晃汰さんの状態ですが・・・」
山室と名乗った三十代前半の男は、この時間でもピシッと白衣を着こなして銀縁メガネに手をやる。生粋の外科医なのだと竜恩寺は感じ、同時に息子の一大事に駆けつけた晃汰の両親はグッと身構えた。
「元々胸・・・肋骨ですね。昨日の午前中に骨折をされていて、それを隠してライヴを行っていらっしゃったんだと思います。そしてその折れた骨が肺を突き破り出血・・・血圧の低下とエナジードリンク類の過剰摂取により気を失って階段から転落。幸い、転落による怪我は擦り傷や打撲といった軽傷で済んでいます」
山室はそこまで言うと、両親の顔色を伺うように二人を見渡す。大きなため息を吐きまずは一安心といった二人とは対照的に、同席する竜恩寺は強張った頬を緩めない。
「今後の治療計画ですが・・・」
外科医は再び口を開く。
「一ヶ月ほど入院していただきます。退院後は定期的にリハビリに通っていただくような形です。身体中を使ってギターを弾かれるという事なので、それに合わせたメニューを組むように療法士に伝えます」
医者の言葉に、恐縮しっぱなしの両親は深々と頭を下げる。
「指先の後遺症とか、心配ないんですか?奴は、ギター一本で金を稼ぐ男なんです・・・」
ずっと口を閉ざしていた竜恩寺が、初めて言葉を発した。その問いに今まで冷酷な表情を浮かべていた山室は、ニッコリと笑って答える。
「焦らずにしっかり治してくれればまた、あの過激で繊細なギターが弾けるようになります。無論、脳などへのダメージは全くないので、入院中でもギターを弾くことはできると思いますよ」
担当医のその言葉に、竜恩寺は涙を流して頭を下げた。なによりも命が大切だったが、ギターが弾けない晃汰はもはや生きている意味がない、竜恩寺は本気でそう思っていたし、目を覚まして本人がギターを弾けないと通告されたら、間違いなく再起はできなかったであろう。そんな不安を抱いていたからこそ、竜恩寺は主治医の言葉に涙した。
「ありがとね、晃汰のこと・・・」
ガラスの向こうで眠る晃汰を見ながら、丸ママが隣で愛息子を見守る竜恩寺に呟く。
「アイツは立派ですよ、ほんとに」
竜恩寺は口元に笑みを浮かべた。それがお世辞でないことは、彼の目をみれば分かることだった。息子の親友に丸山夫妻は、今夜ほど感謝した時はなかった。