AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第8章 48or46
71 Storys 〜裏側〜
 殆ど普段着の様な出で立ちの晃汰は、社員証でゲートを通過し自分の仕事部屋へと向かう。二十代の青年が一企業内で専用の部屋を与えられるなど、異例中の異例である。だが、その特例以ってしてもAKBにとって、この若いギタリストは喉から手が出るほど欲しい“イコン(象徴)”だった。

「さて、今日は何をしようかな」

 来客用のソファに荷物を置きビジネスチェアに身体を委ねた晃汰は、天井を見上げて多いく息を吐いた。仕事環境も機材も、待遇もこれといって悪点が晃汰には見つからない。給料にしたって肩書きにしたって、専用のスタジオにしろそうだった。ただ、ひとつだけ彼には腑に落ちない部分があった。それはメンバーとの接触ができていないことだった。既にマスコミによって晃汰がAKBに戻った事は大々的に報道され、世間やマスコミはNGT48事件の火消し役と揶揄した。それでいても尚、晃汰とメンバーとの顔合わせは実現していなかった。彼がAKBから離れて随分経つ為、初めましての連中も増えてきている。なのに何故・・・

「誰のせいでもないしな・・・」

 BOØWYの歴史が書かれた書籍「大きなビートの木の下で」に出てくる一節を呟きながら、晃汰は目の前のノートパソコンを起動する。そこには晃汰のアイデアが詰まっており、まるでおもちゃ箱をひっくり返した様に言葉が溢れ、クラブハウスの様にサウンドが肩を寄せ合っていた。既に彼は新しい曲作りに着手できる準備を整えていた。にも関わらず、復帰したというのに彼の元に新曲の話は全くと言っていいほど流れてきてはいない。

「しゃーねぇな、だれか誘って飲みいくか」

 決まって晃汰は夜も深まると、ノートパソコンをおもむろに閉じて荷物を持って退社する。乃木坂とはもう関わってはいけないと晃汰自信が決めつけており、その為にLINEを削除してまでメンバー達との連絡を絶った。彼にとったら苦渋の決断だったが、頑固な性格が背中を押して晃汰をそうさせてしまった。そしてスマホの連絡先を漁っていると、彼はある一人の男の名前を見つけた。全てを牛耳るラスボスにして、晃汰の叔父いさんの友人にあたる人物だった。

「お前から声かけてくるの、珍しいな」

 孫の様に可愛がってきた友人の甥を前に、秋元康の表情はいつになく朗らかである。

「え、そう?そんなつもりなかったけど」

 2杯目のビールを喉に流し込み、晃汰は秋元の顔を見る。対する秋元は目を細めたまま、ビールとツマミを行ったり来たりする。

「でさ、AKBの連中はなんで俺とメンバーを会わせないわけ?新曲もボチボチ作らなきゃなんだよね・・・」

 酔いが回り始めた頃、晃汰は思い切って思いの丈をビッグボスにぶつけた。どんな答えが返ってくるのか彼は楽しみだったが、今までただのオジさんの様だった秋元の目が、鋭くなった。

「お前、乃木坂に留学してたんじゃないのか?」

 秋元の声がぐっと低くなり、晃汰は事態の裏側を察した。

「それは数日前まで。テレビ見ろよ・・・今は戻ってきた、好条件と引き換えに」

 晃汰はテーブルに両肘をつき、指を組む。

「誰に言われた?」

 秋本の眼は鋭さをます。

「白髪混じりの老眼鏡の役員。名前は知らねぇ」

 吐き捨てる様に、晃汰はあの日の情景を思い返した。

「・・・そうか。いいか、よく聞け?」

 残っていたビールを飲み干し、秋元は再度晃汰の眼を真っ直ぐに見た。

「乃木坂への留学は俺にも打診があって、俺がOKを出したんだ。だけど、今回の人事に関しては全く俺にはなんの話も無い。それ以前にNGTの件で明るみに出たが、今は殆どAKSや乃木坂の合同会社にはベッタリしてない。肝心なところとかは名前入れてるけどな」

 低く淡々と切り出す秋元を目の当たりにし、晃汰は頭を抱える。

「じゃあ俺がAKBに戻ってきたのにも関わらず、メンバーとも会えず作曲もさせて貰えないってのは・・・」

「NGT事件の浄化、ネームバリューの復活だろう。要は飼い殺しだな」

 秋元に真意を撃ち抜かれ、晃汰は腕を組んで天井を仰いだ。

「身の振り方には気をつけた方がいいぞ。よく考えて行動しろ」

 秋元と別れる際、最期に彼から晃汰にかけられた言葉だ。そのワードがしばらく、晃汰の頭の中を支配した。

「どうすりゃいいんだ、俺は・・・」

 何処にもぶつけることのできない哀しみ、怒りがこみ上げてくる。ただ晃汰は、そんな行き場のない感情を道端の空き缶にぶつけるので精一杯だった。

Zodiac ( 2019/06/24(月) 18:58 )