AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第7章 年末
62 Storys 〜受賞〜
 作詞作曲全てを担当した晃汰の眼前で、乃木坂46による『インフルエンサー』の披露が無事に終わり、彼は腕を組んだまま難しい表情を崩さない。 楽曲の出来に満足はしていない彼ではあったが、あながち悲観もしてはいない。 ただひたすらに、司会者の口からもう一度乃木坂の名前が告げられるのを、晃汰は必死に祈った。

 とりあえずの佳境を越え、晃汰は胸元のネクタイを緩めて関係者席を立った。 わずかな荷物はそのままで、彼は喉の渇きを潤すために自販機へと向かった。 転がり落ちた缶をあけ、炭酸を勢いよく喉に流し込む。 そんな時、長い廊下の奥から、自分を呼ぶ声がしたのを晃汰は微かに聞いた。 それはやがて大きくなり、おまけに人影までもが近くなってくる。

  「晃汰、探したよ。 楽曲作った人は受賞云々関係なしに、舞台裏に集まってくれって、いま関係者から言われたんだよ」

 額に汗を浮かべながら弾んだ息をそのままに、徳長はギタリストの肩に手を置いた。 晃汰は笑いながら汗だくの徳長にハンカチを手渡し、空き缶をごみ箱に投げ捨てて舞台裏へと向かった。 その後を徳長も汗を拭いながらついて歩き、案内をする。 

 すでに全てのアーティストの楽曲披露が終わり、あとは発表を待つだけとなった頃、晃汰と徳長は舞台裏に到着した。 様々なアーティストの関係者が顔を揃え、そんな連中に臆することなく、晃汰は平然と佇んでいる。 まるで勝利を確信したかのような眼に、同士である徳長でさえも雰囲気を感じ取っている。

 あっという間の出来事だった。 沢山のスポットライトが席で祈る乃木坂46を照らし出し、涙がこぼれないように目元を押さえるメンバー達。 その時、舞台裏で始終を見ていた晃汰は、徳長と無言で抱き合った。 自分が作詞作曲した楽曲が、ましてやアイドルシーンを牽引する位置に君臨する乃木坂46が、初となるレコード大賞を受賞したことが、晃汰を含め、関係者にとっては信じられないでいた。 乃木坂の勝利を信じて疑わなかった晃汰ではあったが、やはり実際にそうなってしまうと、その時にどうリアクションをしていいものなのかがわからないでいる。 だからとりあえず、晃汰は自身の公式ツイッターで一言、「おめでとう」とだけ呟いた。

 涙で顔じゅうをグシャグシャにしたメンバーと、受賞曲の生みの親が再開したのは、番組放送終了後だった。 メンバーのみ入室が許される控室の扉を、晃汰は静かにノックをする。 中から顔を覗かせたのは高山一実だった。 彼女はギタリストの顔を見るや否や、晃汰を控室へと強引に引き込む。 控室の中はそこら中に泣き顔が溢れており、晃汰はそれだけでもらい泣きをしてしまいそうだった。 

 「丸ちゃん、本当にありがとう・・・ これからもよろしくね?」

 桜井玲香は、赤く腫らした眼に手をやりながらギタリストに言葉をかけた。 全メンバーの総意であろうその言葉に、今まで我慢をしてきた晃汰は桜井の胸に崩れ落ちた。 大勢の女性の前で男が声を上げて泣くことは、おそらく社会通用的に恥ずかしい事として解釈される。 だが、今のこの控室の中には、そんな常識を適用する者などなかった。 負けん気の裏に隠していた、大きな重圧から解き放たれた晃汰を桜井は優しく抱き留める。 そんな彼の背中に、同じように涙が頬を伝う生駒がすがりついた。 そして、皆我こそはと、3人に集まって歓喜の涙をみんなで分かち合う。 

 涙が渇き、自然と笑みが広がる。 メンバー達にとったら、大賞を獲ることよりもこのメンバーで楽しくやっている事の方が何よりも喜ばしい事なのかもしれない。 一人でも欠けてしまえば、それは乃木坂46ではない。 そして、今は強力なギタリストが助っ人として味方に付いた。 その助っ人も今回の大賞受賞で世間に知られるようになり、いよいよ彼の眠れる才能が頭角を現す。 ・・・のはまだだいぶ先の話である。

 最後に乃木坂メンバーに晃汰を混ぜ、記念写真を撮った。 盾は楽曲の生みの親が持ち、ど真ん中に収まった。 してやったりという悪戯な笑顔をしたギタリストは、盾を持つ手とは反対の手で親指を立てた。 撮影終了後、心身ともに疲労困憊なメンバー達の事を考慮し、祝勝会はやらずに解散となった。 晃汰は迫りくる記者やメディアの取材をすべて断り、愛車に乗って会場を後にした。

■筆者メッセージ
皆さま、大変お久しぶりになってしまいました・・・
Zodiac ( 2018/02/09(金) 22:08 )